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富士はおまけ(ラヂオ・ドラマ)
ふじはおまけ(ラジオ・ドラマ)
作品ID46858
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集6」 岩波書店
1991(平成3)年5月10日
初出「文藝春秋 第十三年第二号」1935(昭和10)年2月1日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-07-13 / 2014-09-16
長さの目安約 17 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

富士を遠景に、霞のなかに浮ぶ峠の古風な掛茶屋。軒先に山桜の一株が綻び始めてゐます。
茶屋の主、東定臣が、ネルのシヤツにコオルテンの半ズボンを穿き、店の前の道を鍬で平らしてゐます。時々、腰を伸ばし、空を見上げるのですが、やがて、

定臣  ああ、やつとこの峠にも春が来た。それにしても昨日までの冬はどこへ行つた? 満洲か? 西比利亜か? さうだ、ここんところ、東北の饑饉騒ぎで、兵隊さんに送る慰問袋の方を、すつかり怠けてゐた。人間の頭つていふもんは、さう一どきに何もかも考へつくもんぢやない。新聞が気をきかして、絶えずあれこれと注意してくれればよささうなもんを、これがまた、わいわい云ふ時には云ふが、云はん時にはうんともすんとも云はんので困る。非常時だ。なるほど、それや百も承知だが、いつたい、われわれの議会は何をしとるんだ? 年末だ年始だと云つて、この際休むといふ手はない。一週間で地球をひと週りできる時代ぢやないか! 世界の大勢は、飛行機ほどのスピィドで移りはせんといふのか? そんなら、青森の娘達が、一夜にして娼婦となるのを知らんのか? ルウズベルト大統領が、元日の朝、ストゥヴの前で宣戦布告の文案を作つてゐたらどうする? いやいや、その方は、われらの将軍、われらの提督に委せておかう。提督といへば、スタンドレエといふのは、あれや、何者ぢや。間口さへ広ければ大きな番頭面ができるといふ肚に違ひない。活動に出て来る南極探検みたいな帽子を冠りやがつて、五五三の比率か? 笑はせやがらあ。それにしても、村の税金が集らんといふ話はこいつ、聞き捨てにならん。小学校の先生には、まあ、月給が渡らんぐらゐ辛棒してもらふとして、それで国家の経済がどうなるかといふことだ。いざ建艦競争となれば、めいめいの家の鍋釜を残らず掻き集めても事足るやうなもんだが、やはり、現金も必要だらう。日本銀行にいくら貯金があるか知らんが、失礼ながら、手元不如意とお察しする。これといふのも、若いものが骨惜みをするからだ。いかに山国とはいへ、冬は遊ぶものと決めてゐるからだ。炭を焼く男がだんだん減つて行くといふぢやないか? 一俵いくらにしかならんといふ考へがそもそも気に入らん。枯木に花を咲かせよう、土を掘つて小判を出さう、これが当節の嘆かはしい気風だ。おれを見ろ、おれを……。雪に埋れた峠の茶屋で、二十年この方、手間を惜まず道普請だ。東西二十町の県道が、この通り、坦々剃刀の革砥のやうだといふのは、これみな、おれの奉公心からだ。

この時、娘の孝子が、谷間からバケツを提げて上つて来る。

孝子  おとつつあん、もう、こら、こんなに芹が出てるわ。
定臣  芹も出るだらう。自然の恵みは有難いものだ。汁の身にするといい。それから、おつ母さんにちつと起きてみるやうに云へ。冬越しの頭痛なんていふのは名誉にならん。
孝子  あたし、一番の乗…

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