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レ・ミゼラブル
レ・ミゼラブル
作品ID46860
副題01 序
01 じょ
著者豊島 与志雄
文字遣い新字新仮名
底本 「レ・ミゼラブル(一)」 岩波文庫、岩波書店
1987(昭和62)年4月16日
入力者tatsuki
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2007-02-24 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 一七八九年七月バスティーユ牢獄の破壊にその端緒を開いたフランス大革命は、有史以来人類のなした最も大きな歩みの一つであった。その叫喊は生まれいずる者の産声であり、その恐怖は新しき太陽に対する眩惑であり、その血潮は新たに生まれいでた赤児の産湯であった。そしてその赤児を育つるに偉大なる保母がなければならなかった。一挙にして共和制をくつがえして帝国を建て、民衆の声に代うるに皇帝の命令をもってし、全ヨーロッパ大陸に威令したナポレオンは、実に自ら知らずしてかの赤児の保母であった、偉人の痛ましき運命の矛盾である。帝国の名のもとに赤児はおもむろに育って行った。やがて彼が青年に達するとき、その保母にはワーテルローがなければならなくなった。
「自由」とナポレオン、外観上相反するその二つは、実は一体の神に祭らるべき運命にあった。フランスの民衆はその前に跪拝した。彼らのうちにおいてその二つは、あるいは矛盾し、あるいは一致しながら、常に汪洋たる潮の流れを支持していた。そして彼らの周囲には、古き世界の伝統があった。伝統に対する奉仕者らが、神聖同盟の強力が。けれども彼らの心の奥には、パリーの裏長屋の片すみには、「自由」とナポレオンの一体の神が常に祭られていた。一八三〇年七月の革命は、また一八三二年六月の暴動は、底に潜んだ潮の流れの、表面に表われた一つの波濤にすぎなかった。
 その動揺せる世潮の中を、一人の男が、惨めなるかつ偉大なる一人の男が、進んでゆく。身には社会的永罰を被りながら、周囲には社会の下積みたる浮浪階級を持ちながら、彼はすべてを避けず、すべてに忍従しつつ進んでゆく。彼の名をジャン・ヴァルジャンと言う。
 ジャン・ヴァルジャンは片田舎の愚昧なる一青年であった。彼は一片のパンを盗んだために、ついに十九年間の牢獄生活を送らねばならなかった。十九年の屈辱と労役とのうちに、彼は知力とまた社会に対する怨恨とを得た。そして獄を出ると、彼が第一に出会ったものは、すべてを神に捧げつくしたミリエル司教であった。そこに彼の第一の苦悶が生まれる。神と悪魔との戦いである。苦悶のうちに少年ジェルヴェーについての試練がきた。彼は勇ましくも贖罪の生活にはいり、マドレーヌなる名のもとに姿を隠して、モントルイュ・スュール・メールの小都市において事業と徳行とに成功し、ついに市長の地位を得た。しかし彼の前名を負って重罪裁判に付せられたシャンマティユーの事件が起こった。そこに彼の第二の苦悶が生まれる。良心と誘惑との戦いである。彼は自ら名乗って出て、再び牢獄の生活が始まった。しかし彼は巧みに獄を脱して、不幸なる女ファンティーヌへの生前の誓いを守って、彼女の憐れなる娘コゼットを無頼の者の手より取り返し、彼女を伴なってパリーの暗黒のうちに身を隠した。そしてそこにおいてあらゆる事変は渦を巻いて彼を取り囲んだ。警官の追跡、女…

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