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戯画
ぎが
作品ID46891
著者北条 民雄
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 北條民雄全集 上巻」 東京創元社
1980(昭和55)年10月20日
初出「山桜」1936(昭和11)年1月号
入力者Nana ohbe
校正者富田晶子
公開 / 更新2016-12-11 / 2016-09-09
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 彼女は非常に秀れた頭脳を持つてゐたのだと僕は思ふよ、これといふ理由はないのだけれど。僕はなんとなく、神秘的なものを感じてならないんだ。
 その少女のことを語り始めようとする時、多田君はきつとかういふ前置をする習慣があつた。今年二十四の青年で、病気になつてから詩を書いてゐた。私は多田君とかなり親しい間柄で、その少女のことはもう幾度となく聴かされた。最初の一二回は相当面白く聴かれたが、やはり幾度も重なつて来ると、それから少女の様子を見に行つたんだらうなどと半畳を入れて彼を怒らせたりするやうになつた。すると彼は意外な程腹を立てて私をおろおろさせるのであつた。実際彼は何回くり返しても、更に新しい感激を自ら覚えるらしかつた。そのうち私もすつかりその物語を覚えてしまつたが、通俗小説にでもありさうな事柄なのであまり興味を有てなかつたが、多田君はさうでないと強く言ひ張つてきかなかつた。少女は名をみえと言つて、多田君はこの名前も大変気に入つてゐた。
 それは、多田君がこの療養所に這入つて二度目のお盆を迎へた時から始まつた。彼の病型は斑紋で、豊かな頬に直径二寸くらゐのがまんまるく出てゐた。他にも手足に二三ヶ所あるさうだが、軽症といつてよかつた。多田君の眼は、私にこの上なく美しいと思はせた。非常によく澄んでゐて、きれのながい瞼にはふんわりと瞳を包む長い睫毛が生えてゐた。もつとも、かういふ世界にゐる私が死んだ魚のやうな白くただれた眼や、絶えず膿の溜つた眼ばかり見つけてゐるため、特別に美しく感ずるのかもしれなかつた。さてそのお盆の夜のことだが、多田君はどうしても死なうと決心したのだつた。勿論お盆になつたから突然さういふ気になつたのではなく、もうながい間、ここへ来る前々から考へ続けてゐたことだつた。――全身の至る所に疵ができ、激しい神経痛に悩まされ、盲目になり、手足が脱落し、その果に肺病になるか腎臓をやられて死ぬ――これが病者の常道だと私も思つてゐるが、多田君もさう思つたのであらう。長い遺書を私やその他の友人にも書き、それを懐にして部屋を出ると、林の中を歩き廻り、立派な枝振りの木を見つけると早速首をくくる用意をした。とたんに盆踊りの太鼓が聞えだして、兎に角今夜は気が狂ふ程踊り抜いて、それからにしても遅くない、さういふ考へが一杯になつて踊場へでかけたのだつた。
 踊場はもう何百人もの人出だつた。私もその中に混つて踊つたり見物したりしてゐたので識つてゐるが、平常単調極まる日々を送つてゐる病人達だから、踊りの夜はもう気違ひのやうなものだつた。大きな輪になつて、それが渦のやうに二重にも三重にも巻いてぐるぐる廻つてゐるのだつた。それを又足が不自由で踊れない病人達がぎつしり取り巻いて見物してゐた。中央に櫓が組まれ、音頭を取る者は、向う鉢巻や頬かむりで、太鼓を叩き、樽を撲つて囃すのだつた。私は最初…

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