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さるのこしかけ
さるのこしかけ
作品ID469
著者宮沢 賢治
文字遣い新字新仮名
底本 「注文の多い料理店」 新潮文庫、新潮社
1990(平成2)年5月25日
入力者山根鋭二
校正者田中久絵
公開 / 更新1999-09-08 / 2014-09-17
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 楢夫は夕方、裏の大きな栗の木の下に行きました。その幹の、丁度楢夫の目位高い所に、白いきのこが三つできていました。まん中のは大きく、両がわの二つはずっと小さく、そして少し低いのでした。
 楢夫は、じっとそれを眺めて、ひとりごとを言いました。
「ははあ、これがさるのこしかけだ。けれどもこいつへ腰をかけるようなやつなら、すいぶん小さな猿だ。そして、まん中にかけるのがきっと小猿の大将で、両わきにかけるのは、ただの兵隊にちがいない。いくら小猿の大将が威張ったって、僕のにぎりこぶしの位もないのだ。どんな顔をしているか、一ぺん見てやりたいもんだ。」
 そしたら、きのこの上に、ひょっこり三疋の小猿があらわれて腰掛けました。
 やっぱり、まん中のは、大将の軍服で、小さいながら勲章も六つばかり提げています。両わきの小猿は、あまり小さいので、肩章がよくわかりませんでした。
 小猿の大将は、手帳のようなものを出して、足を重ねてぶらぶらさせながら、楢夫に云いました。
「おまえが楢夫か。ふん。何歳になる。」
 楢夫はばかばかしくなってしまいました。小さな小さな猿の癖に、軍服などを着て、手帳まで出して、人間をさも捕虜か何かのように扱うのです。楢夫が申しました。
「何だい。小猿。もっと語を丁寧にしないと僕は返事なんかしないぞ。」
 小猿が顔をしかめて、どうも笑ったらしいのです。もう夕方になって、そんな小さな顔はよくわかりませんでした。
 けれども小猿は、急いで手帳をしまって、今度は手を膝の上で組み合せながら云いました。
「仲々強情な子供だ。俺はもう六十になるんだぞ。そして陸軍大将だぞ。」
 楢夫は怒ってしまいました。
「何だい。六十になっても、そんなにちいさいなら、もうさきの見込が無いやい。腰掛けのまま下へ落すぞ。」
 小猿が又笑ったようでした。どうも、大変、これが気にかかりました。
 けれども小猿は急にぶらぶらさせていた足をきちんとそろえておじぎをしました。そしていやに丁寧に云いました。
「楢夫さん。いや、どうか怒らないで下さい。私はいい所へお連れしようと思って、あなたのお年までお尋ねしたのです。どうです。おいでになりませんか。いやになったらすぐお帰りになったらいいでしょう。」
 家来の二疋の小猿も、一生けん命、眼をパチパチさせて、楢夫を案内するようにまごころを見せましたので、楢夫も一寸行って見たくなりました。なあに、いやになったら、すぐ帰るだけだ。
「うん。行ってもいい。しかしお前らはもう少し語に気をつけないといかんぞ。」
 小猿の大将は、むやみに沢山うなずきながら、腰掛けの上に立ちあがりました。
 見ると、栗の木の三つのきのこの上に、三つの小さな入口ができていました。それから栗の木の根もとには、楢夫の入れる位の、四角な入口があります。小猿の大将は、自分の入口に一寸顔を入れて、それか…

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