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独語
どくご
副題――癩文学といふこと――
――らいぶんがくということ――
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 北條民雄全集 下巻」 東京創元社
1980(昭和55)年12月20日
入力者Nana ohbe
校正者伊藤時也
公開 / 更新2010-10-28 / 2016-02-02
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 昨日MTLで「療養所文芸の発展策その他」について書いた諸氏のものも拝見し、また原田嘉悦氏の雑記をも読んでみた。
 原田氏は僕の言葉を引用してあるのだが、まあそのやうなことはどうでもよいことであるかも知れない。しかしあれは「自殺志願者」に贈るために書かれたもので、おまけに僕も引つぱり出されたのであつてみれば、僕もまたあの文章を頂戴すべき一人なのであるかも知れない。もつとも、僕は頂戴はするけれども、ただ頂戴するだけだ。といふのは、ああいふ言葉といふものはなかなか立派すぎて、僕みたやうな毛の生えた虱にはなんだか服膺出来さうにもないやうな気がするのだ。僕なぞが服膺したら、多分、腹下しをするに違ひない。で、まあ僕は、おつき合ひに一つだけ微笑をしてから、そのまま原田氏にお返しして置いた方がよささうだ。

 皮肉を言ふな、と誰かが言ひさうな気がするが、僕は本当のところ正直に言つてゐるのだ。正直といふものが、なんとなく皮肉に聴えるとは、なんと困つた時代にわれわれは生れ合せたものではないか。

 単純、といふことが尊ばれるのは、ひよつとしたらそれが滑稽なためかも知れない。だつて単純澄明な主張といふものは、なんとなくユーモラスな美しさを持つてゐるではないか。複雑な滑稽さといふものは毛の生えた虱のやうにいやらしい。

 ドストエフスキーは作中人物に自殺させるのが実に名人だ。われわれは文豪達が作中人物に自殺させる光栄を数多く見せられた。有名なところではフロオベルの『マダム・ボバリイ』、トルストイの『アンナ・カレニナ』、ドストエフスキーでは特に「キリーロフ」をあげることが出来る。また『カラマゾフ』のスメルヂャコーフもいい。
 しかし何といつても素晴しいのは「キリーロフ」の自殺で、これはたうていその作を読まぬ人には伝へ難い。(三笠版ド全集第十一巻 383-410 頁)訳者は原久一郎氏だ。自殺に就いて何か語る人は先づこれを一読してからにして貰ひたい。いや、それよりも私は『作家の日記』のうちの或る章を読んで貰ひたいと思ふ。ドストエフスキーは或る少女の自殺を考察した後「知識階級の中に次第に増大して行く疫病的自己絶滅は、不屈不撓の観察と研究に価する余りに真剣な事柄である。」と述べて、決して結論めいた言葉を挟まなかつた。即ち作品の人物達の自殺でそれを結論したのか? キリーロフを初め、スタヴローギン、スメルヂャコーフ、クラフト、スビドリガイロフ、等々の自殺で――。

 遺書といふものはたいていきまつて下らないものだ。といふよりも、遺書といふものはそれを書かうとするとどうしても下らなくならざるを得ないのだ。何故かといふと、人間といふものは死を覚悟するともうそれからは自分の心理について思ひ違ひばかりしたがる奇妙な傾向を持つてゐるからだ。もつとも、われわれは偽りなく自己を眺めた芥川龍之介氏の遺書を持つ…

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