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或る秋の紫式部
あるあきのむらさきしきぶ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「岡本かの子全集2」 ちくま文庫、筑摩書房
1994(平成6)年2月24日
初出「むらさき」1935(昭和10)年11月号
入力者門田裕志
校正者オサムラヒロ
公開 / 更新2008-11-05 / 2014-09-21
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より


寛弘年間の或る秋

京の片ほとり

紫式部  三十一二歳
老侍女
妙な美男
西向く聖
(舞台正面、質素な西の対屋の真向き、秋草の生い茂れる庭に臨んでいる。その庭を囲んで矩形に築地垣が廻らされているが、今は崩れてほんの土台の型だけ遺っているばかりなので観覧席より正面家屋の屋内の動静を見物するのに少しも差支えない。
上手、築地垣より通路一重を距てて半、紅葉した楓の木の下に、漸く人一人の膝を入れるだけの庵室。傍に古井。
正面、対屋の建築は、紫式部の父、藤原為時の邸宅の一部であって、為時は今、地方官として赴任中、留守であるが、式部はしばらく中宮より宿下りして実家の此の部屋に逗留しているところ。几帳、棚、厨子など程よく配置されてある中で式部は机に向って書きものをしている。老侍女は縁で髪を梳きかけている。隣の庵室には上手を向いて老いさらばった老僧が眼を瞑って端座している。虫の声。)

老侍女(髪を梳き終って道具を片付けながら)「ああ、やっとこれで気持ちよくなりました。なにしろ年をとりますと禿げますせいか、頭が始終、痒ゆうございまして、時ならないときに梳き度くなるのでございます。ほんとに我儘をさせて頂いて申訳ございません。(手をついて礼をして)お蔭さまで気がせいせい致しましてございます」
式部(筆を持ったまま)「なにも、そう一々、鹿爪らしく御叩頭には及ばないよ。御殿で勤め中と違って、私宅で休暇中なのだから、まだ外に、したい事は何なりと思いつくままにするがよろしいよ」
老侍女「有難うございます、いえもう、自由にはとっくにさせて頂いておりまして、この上、そうそうは余り勿体のうございます」
(妙な美男、上手より登場、急いで、在るか無きかの築地垣の陰に屈み込む)
式部「あれ、誰か、そこに人が来たようだね」
老侍女「そうでございますか、わたくしは一向気が付きませんでございましたが、どれどれ」(縁へ伸び上りあたりを見廻す。妙な美男、ちょっと屈み上り、老侍女に手招きをする)
老侍女「なるほど、どなたか、いらっしゃるようでございますねえ。あの、どなたでございます」
式部(つと立上り)「こんな様子を人に見られるのは嫌じゃ。わたしは隠れてしまうから、お前、よく用心しといてくれ」(式部、几帳の陰に隠れる)
老侍女「はいはい承知いたしました。それがおよろしゅうございましょう。しかし、おかしな人もあればあるもの、黙って外から人を手招きして。まさか昼日中、盗賊じゃあるまい。(履物を穿いて近づく)。もし、そこのお方、どなたでございます。どなたでございます」
(妙な美男、しきりに手招く。老侍女がそばに来たときに男、ぬっくと立上る)
妙な美男「今日は」
老侍女「ひえっ! びっくりしますわ。この人は急に人の眼の前に立ちふさがって」
妙な美男「いや、驚かせて済みません。驚かすつもりは、ちっとも無かった…

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