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潮霧
ガス
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「有島武郎全集第二卷」 筑摩書房
1980(昭和55)年2月20日
初出「時事新報 第11839號~第11841號」1916(大正5)年8月1日~3日
入力者鈴木智子
校正者土屋隆
公開 / 更新2005-12-11 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 南洋に醗酵して本州の東海岸を洗ひながら北に走る黒潮が、津輕の鼻から方向を變へて東に流れて行く。樺太の氷に閉されてゐた海の水が、寒い重々しい一脈の流れとなつて、根室釧路の沖をかすめて西南に突進する。而してこの二つの潮流の尅する所に濃霧が起こる。北人の云ふ潮霧とはそれだ。
 六月のある日、陽のくれ/″\に室蘭を出て函館に向ふ汽船と云ふ程にもない小さな汽船があつた。
 彼れはその甲板に立つてゐた。吹き落ちた西風の向ふに陽が沈む所だつた。駒ヶ嶽は雲に隱れて勿論見えない。禮文華峠の突角すら、魔女の髮のやうに亂れた初夏の雲の一部かと思はれる程朧ろである。陽は叢り立つて噛み付かうとする雲を光の鞭でたゝき分けながら沈んで行く。笞を受けた雲は眩むばかりの血潮を浴びる。餘つた血潮は怖れをなして飛び退いた無數の鱗雲を、黄に紅に紫に染める。
 陽もやがて疲れて、叢雲の血煙を自分の身にも受けて燃え爛れた銅のやうになつた。堅く積み重つた雲の死骸の間を、斷末魔の苦悶にきり/\と獨樂のやうに舞ひながら沈んで行く。垂死の人が死に急ぐやうに陽は夜に急ぐ。彼れは息氣を飮んで夫れを見つめた。
 陽は見る間に少し隱れた。見る間に半分隱れた。見る間に全く隱れた。海は蒼茫として青み亙つた。ほの黄色い緩やかな呼吸を續けながら空も海の歎きを傳へた。
 その瞬間に萬象は聲を絶えた。黄昏は無聲である。そこには叫ぶ晝もない。又さゝやく夜もない。臨終の恐ろしい沈默が天と海とを領した。天と海とが沈默そのものになつた。
 汽鑵の騷音と云ふか。そんなものは音ではない、况して聲ではない。陽は永久に死んだ。復た生きる事はないだらう。彼れは身を慄はしてさう思つた。
 來た方をふり返ると大黒島の燈臺の灯だけが、聖者の涅槃のやうな光景の中に、小賢しくも消えたり光つたりしてゐる。室蘭はもう見えない。
 その燈臺の灯もやがて眼界から消え失せた。今は夜だ。聞耳を立てるとすつと遠退いてしまふ夜の囁きが海からも空からも聞こえはじめた。何事でも起り得る、又何事も起り得ない夜、意志のやうな又運命のやうな夜、その夜が永久に自分を取りまくのだなと思ふと彼れはすくみ上つて船首樓に凝立したまゝ、時の經つのも忘れてゐた。同じ晝ながら時のすゝむにつれて明るみの増すやうに、同じ夜ながら更の闌けるにつれて闇は深まつて行く。あたりには人氣が絶えた。如何すれば船客等は船底にやす/\と眠る事が出來るのだらう。今朝陽が上つたが故に明日又陽が上るものとは誰れが保證し得るのだ。先刻日の沈むのを見たものは陽の死ぬのを見たのだ。夫れだのに彼等は平氣だ。一體彼等は何物に自分々々の運命を任せてゐるのだらう。神にか。佛にか。無知にか。彼等は明日の朝この船が函館に着くものと思つてゐるのだ。思ひだもしてはゐないのだ。而して神々よりも勇ましく安心して等しなみに聲も立てずに眠つてゐる。

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