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バットクラス
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作品ID46943
著者岡本 かの子
文字遣い新字新仮名
底本 「岡本かの子全集2」 ちくま文庫、筑摩書房
1994(平成6)年2月24日
入力者門田裕志
校正者オサムラヒロ
公開 / 更新2008-11-12 / 2014-09-21
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 スワンソン夫人は公園小路の自邸で目が覚めた。彼女は社交季節が来ると、倫敦の邸宅に帰って来る。彼女は昨日まで蘇格蘭の領地で狐を狩って居た。その前はフランスのニースのお祭に招かれて行って居た。
 室内装飾の弧と線と面の屈折と角の直截と金属性の半螺旋とが先刻から運ばれている寝床の朝飯の仕度を守って待ちくたびれている。この邸全体の造りはジョージアン式の古い建築だが、客間と食堂と彼女の居間だけは現代式に改造した。その余の造作を仕直す事は許され無い。保険会社の評価係の技師が、
「これほどの由緒ある建築にあまり手をつける事は賛成出来ない。骨董的価格を減損するというものだ。自然保険料を値上げしなければならない」
 と彼女の夫に忠告したからである。
 この邸には十七万磅ほどの保険がつけてある。
 彼女の夫は保守党の上院議員だが政治には全く興味を持た無い。それよりも彼の家門の名望をできるだけ享楽する事に生き甲斐を感じて居る。英国や、欧洲大陸や、亜米利加では、まだスコットランドの領主という封建時代の鎧兜を珍重する。一体人間は仮装会を好むものらしい。といってスコットランドの領主などという数代の手数のかかった鎧兜を今なお真面目顔で着て居られる人間も滅多に無いので、彼は世界到るところでもてる場所を見付けるのに骨が折れぬ。だが贈られたものには自然返礼が必要となり、各地で接待して呉れた人達を彼は英国で接待し返さなくてはならない。
 その上彼は、
「わしの城にもぜひ来て見なさい。いろいろ面白い事がありますわい」
 などと愛想の好い言葉を容易に振り出すのだ。
「城」という言葉に魅着して本気で訪ねて来る連中がかなりある。だが客は多く亜米利加の家具月賦取附会社の社長の一族や濠洲の女金貸等で、フランスの伯爵夫妻やスペインの侯爵一家などはあまり来ない。
「城」に縁の遠い身分の連中ほど多く訪ねて来たがる。時にはまたとんだいかものが紛れ込む。ポーランドの貴族と自称する片眼鏡の男は城の中の礼拝堂から処女マリア像の眼を盗み取り、その上前スワンソン夫人を誘惑しかけて行ってしまった。処女マリアの彫像の眼は駝鳥の胃の腑を剖いて取ったという自然のダイヤがいれてあった。これをそっと紙で巻き耳の穴に押し込み、正門から素知らぬ顔で堂々とその片眼鏡のにせ貴族は退去したそうだ。そういう時でも、主人はあく迄英国の由緒ある旧家の主人としての体面上、人前であわてたり激怒の色を見せはしなかった。
 そういう事があったにしろ頻繁な主人の招待、被招待癖はやまなかった。彼の生理的運動には是非それも必要なものとなって仕舞っている。そして彼は客を受けるのに少くとも彼の家の紋章が持っている(欧洲古名家紋章録に載っている)骨董的品位にふさわしい程度には待遇しなければならないと考えている。競馬の馬も持って居なければならず、領地に狐狩の狐も飼って置か…

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