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鳥影
とりかげ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「石川啄木全集 第三巻 小説」 筑摩書房
1967(昭和42)年7月30日
「東京毎日新聞」 
1908(明治41)年11月1日~11月31日、12月2日~12月30日
初出「東京毎日新聞」1908(明治41)年11月1日~12月30日
入力者Nana ohbe
校正者川山隆
公開 / 更新2008-11-11 / 2014-09-21
長さの目安約 178 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     (一)の一

 小川静子は、兄の信吾が帰省するといふので、二人の小妹と下男の松蔵を伴れて、好摩の停車場まで迎ひに出た。もと/\、鋤一つ入れたことのない荒蕪地の中に建てられた、小さい三等駅だから、乗降の客と言つても日に二十人が関の山、それも大抵は近村の百姓や小商人許りなのだが、今日は姉妹の姿が人の目を牽いて、夏草の香に埋もれた駅内に、常になく艶いてゐる。
 小川家といへば、郡でも相応な資産家として、また、当主の信之が郡会議員になつてゐる所から、主なる有志家の一人として名が通つてゐる。信吾は其家の総領で、今年大学の英文科を三年に進んだ。何と思つたか知らぬが、この暑中休暇は東京で暮す積だと言つて来たのを、故家では、村で唯一人の大学生なる吾子の夏毎の帰省を、何よりの誇見にて楽みにもしてゐる、世間不知の母が躍起になつて、自分の病気や静子の縁談を理由に、手酷く反対した。それで信吾は、格別の用があつたでもないのか、案外穏しく帰ることになつたのだ。
 午前十一時何分かに着く筈の下り列車が、定刻を三十分も過ぎてるのに、未だ着かない。姉妹を初め、三四人の乗客が皆もうプラツトフオームに出てゐて、[#挿絵]か南の方の森の上に煙の見えるのを、今か今かと待つてゐる。二人の小妹は、裾短かな海老茶の袴、下髪に同じ朱鷺色のリボンを結んで、訳もない事に笑ひ興じて、追ひつ追はれつする。それを羨まし気に見ながら、同年輩の、見悄らしい装をした、洗晒しの白手拭を冠つた小娘が、大時計の下に腰掛けてゐる、目のシヨボ/\した婆様の膝に凭れてゐた。
 駅員が二三人、駅夫室の入口に倚懸つたり、蹲んだりして、時々此方を見ながら、何か小声に語り合つては、無遠慮に哄と笑ふ。静子はそれを避ける様に、ズツと端の方の腰掛に腰を掛けた。銘仙矢絣の単衣に、白茶の繻珍の帯も配色がよく、生際の美しい髪を油気なしのエス巻に結つて、幅広の鼠のリボンを生温かい風が煽る。化粧つてはゐないが、さらでだに七難隠す色白に、長い睫毛と格好のよい鼻、よく整つた顔容で、二十二といふ齢よりは、誰が目にも二つか三つは若い。それでゐて、何処か恁う落着いた、と言ふよりは寧ろ、沈んだ処のある女だ。
 六月下旬の日射が、もう正午に近い。山国の空は秋の如く澄んで、姫神山の右の肩に、綿の様な白雲が一団、彫出された様に浮んでゐる。燃ゆる様な好摩が原の夏草の中を、驀地に走つた二条の鉄軌は、車の軋つた痕に烈しく日光を反射して、それに疲れた眼が、[#挿絵]か彼方に快い蔭をつくつた、白樺の木立の中に、蕩々と融けて行きさうだ。
 静子は眼を細くして、恍然と兄の信吾の事を考へてゐた。去年の夏は、休暇がまだ二十日も余つてる時に、信吾は急に言出して東京に発つた。それは静子の学校仲間であつた平沢清子が、医師の加藤と結婚する前日であつた。清子と信吾が、余程以前から思ひ合つてゐた…

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