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古代民謡の研究
こだいみんようのけんきゅう
作品ID46951
副題その外輪に沿うて
そのがいりんにそうて
著者折口 信夫
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 1」 中央公論社
1995(平成7)年2月10日
初出「日光 第五巻第一・二号」1927(昭和2)年9月、12月
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2007-10-14 / 2014-09-21
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

おもしろき野をば 勿焼きそ。旧草に 新草まじり 生ひば生ふるかに(万葉集巻十四)
此歌は、訣つた事にして来てゐるが、よく考へれば、訣らない。第一、どの点に、民謡としての興味を繋ぐことが出来たのか。其が見当もつかない。「ふる草に新草まじり」といふ句は、喜ばれさうだが、昔の人にもさうであつたらうか。上田秋成などは「高円の野べ見に来れば、ふる草に新草まじり、鶯の鳴く」と借用してゐる。だが、かうした興味からだけで、もと謡はれたものとは言ひにくい。或はそこに暗喩を感じる事が出来たのかとも思ふが、此歌全体の大体の意義さへよく説かれてゐないのは、事実である。
       生ひば生ふるかに
まづ「おもしろき此野をば、な焼きそ。去年のふる草に、新草のまじりて、生ひなば生ふるに任せよ」と言ふ風に、大体考へられる様だ。だが、考へると、「生ひば生ふるかに」と言ふ文法は、普通の奈良朝の用語例ならば、後世の表現法によると、「生ふるかに」だけで済む処だ。「袖も照るかに」「人も見るかに」「けぬかに、もとな思ほゆるかも」などで訣るのである。
ところが、古い用法になると、「けなばけぬかに恋ふとふ我妹」と言はねば、完全に感じなかつたらしい。「けぬべく思ほゆ」と言ふのと、略似た用語例にあるもので、万葉でも新らしいのは、べく或は音を変へてかねと言うてゐる様だ。「か」は句を体言化する接尾語で、「に」は副詞の限定辞である。そして「かね」を使ふ場合は、それ以下の文句を省いてゐるか、前の方へ跳ね戻る――句の倒置――かゞ常である。だから此なども、説明句を省いたか、上へ返るか、どちらかである。「生ひば生ふるかにな焼きそ」となるのか、それとも「生ひば生ふるかに……せよ」と言ふ文法かである。とにかく「かに」があると、文章全体が命令になつて来るのが新しくて、古いものでは、もつと自由な様である。
又「生ひば生ふべく……」とか「生えれば生える程に……」と訳してよい様だが、「生ひば」と言ふ条件式な言ひ方は、此文の発想から言ふと、意味がないのである。現代風に訳すれば、ないのと一つに見るのが、ほんとうなのだ。「けぬかに」「けなばけぬかに」が、等しく「消ぬべく」の義と同様であるのは、訣がある。
古い日本の文法には、自動詞にも目的格があつた。即、有対自動詞の形をとるのである。さうせぬと、完全に文章感覚が出て来なかつたらしい。「言へばえに」と言ふ句――言ふとすれば、常に言ひえないで――は、「えんに」と言ふ平安朝以後の流行語の元である。艶にといふ聯想は、後から出た事で、「言へば言ひえに」或は「言へばえ言はに」の略せられた形であつた。言ふに言はれないでの義である。これがえに・えんにとなるのを見れば、けなば――けぬればと同じい――を省いて、けぬかにとする道筋も明らかである。
生ひば生ふるかにの「生ひば」は、自動詞「生ふ」…

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