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万葉びとの生活
まんようびとのせいかつ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 1」 中央公論社
1995(平成7)年2月10日
初出「白鳥 第一・二・三・四号」1922(大正11)年1、2、5、7月
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2007-07-24 / 2014-09-21
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

飛鳥の都以後奈良朝以前の、感情生活の記録が、万葉集である。万葉びとと呼ぶのは、此間に、此国土の上に現れて、様々な生活を遂げた人の総べてを斥す。啻に万葉集の作者として、名を廿巻のどこかに止めて居る人に限るのではない。又記・紀か、類聚歌林か、或は其外の文献にでも、律語の端を遺したらう、と思はれる人だけをこめて言ふのでもない。此時代は実は、我々の国の内外の生活が、粗野から優雅に踏み込みかけ、さうして略、其輪廓だけは完成した時代であつた。此間に生きて、我々の文化生活の第一歩を闢いてくれた祖先の全体、其を主に、感情の側から視ようとするのである。だから、其方の記録即、万葉集の名を被せた次第である。
政治史より民族史、思想史よりは生活史を重く見る私共には、民間の生活が、政権の移動と足並みを揃へるものとする考へは、極めて無意味に見える。此方面からも、万葉人を一纏めにして考へねばならなかつたのである。
       其理想の生活
彼らにとつては、殆ど偶像であつた一つの生活様式がある。彼らの美しい、醜い様々の生活が、此境涯に入ると、醇化せられた姿となつて表れて居る。
其は、出雲びとおほくにぬしの生活である。出雲風土記には、やまと成す大神と言ふ讃め名で書かれて居る。出雲人の倭成す神は、大和びとの語では、はつくにしらす・すめらみことと言うて居る。神武天皇・崇神天皇は、此称呼を負うて居られる。倭成す境涯に入れば、一挙手も、一投足も、神の意志に動くもの、と見られて居た。愛も欲も、猾智も残虐も、其後に働く大きな力の儘即「かむながら……」と言ふ一語に籠つて了ふのであつた。倭成す人の行ひは、美醜善悪をのり越えて、優れたまことゝして、万葉人の心に印象せられた。おほくにぬし以来の数多の倭成した人々は、彼らには既に、偶像としてのみ、其心に強く働きかけた。
我々の最初の母いざなみの行つたよみの国は、死者の為の唯一つの来世であつた。而も其いざなみすら、いつか、大空のひのわかみこに遷されて居る。此は、万葉人の生活が始まる頃には、もう兆して居た考へである。人麻呂は、倭成す人の死後に、高天ノ原の生活の続く事を考へて居る。而も其子孫に言ひ及して居ない処から見れば、一般の万葉人の為には、やはり常闇の「妣の国」が、横たはつて居るばかりだつたものであらう。理想の境涯、偶像となつた生活は、人よりも神に、神に近い「顕つ神」と言ふ譬喩表現が、次第に、事実其ものとして感ぜられて来る。唯万葉人の世の末迄、あきつみかみを言ふ時に、古格としては、とのてにをはを落さなかつたのは、意義の末、分化しきらなかつた事を示して居るのである。

     二

倭成す神は、はつ国治る人である。はつくにしろす・すめらみことの用語例に入る人が、ひと方に限らなかつたわけには、実はまだ此迄、明快な説明を聴かしてくれた人がない。舌が思ふ…

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