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筑波ねのほとり
つくばねのほとり
作品ID46979
著者横瀬 夜雨
文字遣い旧字旧仮名
底本 「太陽 三二巻八号」 博文館
1936(大正15)年6月
入力者林幸雄
校正者富田倫生
公開 / 更新2012-05-19 / 2014-09-16
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



「雲雀の卵を拾らえに行んべや」
「うん」
「葦剖も巣う懸けたつぺな」
「うん」
 眞ん中に皿を殘したかつぱ頭を、柔かな春風になぶられながら、私達は土手を東へ、小貝川の野地を駈け下りた。櫟は古い葉をすつかり振り落して新芽から延びた緑の葉が頬にうつつてほてるやうである。
 毛蟲がぶらんこしてゐる。帽子も冠らないのだからそれに打つかると、顏へでも手へでもぢきたかられる。たかるだけで刺しもせず喰ひつきもしない奴はいゝけれど、尺とりだけには用心せねばならない、足の蹠から項の凹まで計られると三日の中に死なねばならないからなと、眼を配つて林をくゞり拔けると、廣いシラチブチへ出る。
 シラチブチは舊の小貝川がSの字形に流れた曲り目の名で、渦を卷いて澱んでゐる頃は一房の繩が下まで屆かぬと言はれた。お祖父さんの咄で、お祖父さんのお祖父さんが此淵へ沈んだ時は三日たつても死骸が上らず、取に入つた番頭まで出られなくなつて、しまひには如何とかして擔ぎ上げたと聞いた。其前もそれから後も人は隨分死んだらしい。
 我が此川を見た最初の記憶は、きみが背中に負ぶさつて野桑を摘みに來た時、ほらこれ大川だよと指さして教へられた。小さな渦が黄いろぽい泡を載せた儘すい/\と流れてゐた。シラチブチは其頃から埋まりかけてゐた。東へ掘割を掘つて水を眞下に流すやうになつてから、夏になる度沿岸の土が流れ込んで、五寸づつ一尺づつ、だん/\と埋まつて行つた。
 およぎの出來る兒にはもつて來いの遊び場だつた。舟を繋いでおくにもよかつた。川蝉が居る、鷺が居る、岸には水あふひが浮いてゐる。
 けれど泥が深いから、足がはまつたら最後二度と拔けなかつた。水の外に掴まる物が無いのだから、もがけばもがく程泥に吸はれて行く。
 私達が友達同士で笊を持つて「野のひろ」摘や芹摘に來られるやうになつた頃は、シラチブチは眞ん中だけ殘して乾いてゐた。どんな土用の最中にも淺いけれど水は有つた。近づくと足を吸はれるので、いましめ合つて行かなかつた。すい/\と小さな草は茂つても土刈馬方が寄りつかない位だから、草刈も入らなかつた。
 雲雀の巣は其のまはりの草もろくに生えぬ露出の野地に有るのだ。私達の握り拳二つがけ位の穴を地べたで見つけて、一番下へは枯草だの草の穗だけで圓い穴形をこしらへ、上へは馬の毛をたく山入れて柔かい床を拵へる。卵は三つから五つまで、七つとは決してない。
 私達がわい/\と大きな歡聲を擧げて林の中から飛出すと、シラチブチの明るい野良には人ツ子一人居ず、はた/\と白鷺が飛び出す、ピユチクピユチク空で鳴く鳥がゐる。
 鳥の巣の中で、河原雲雀の巣ぐらゐ見つけやすい物は無いから、私達はボツ/\生えた短い草の中を縱横十文字に早足で探しはじめる。
 蛇はあまり居ない處だ。蛇の居る處へは雲雀はおりない。蛙もおがまの外一向ゐない。
 私達は廣…

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