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清造と沼
せいぞうとぬま
作品ID46984
著者宮島 資夫
文字遣い新字新仮名
底本 「赤い鳥代表作集 2」 小峰書店
1958(昭和33)年11月15日
初出「赤い鳥」赤い鳥社、1928(昭和3)年1月号
入力者林幸雄
校正者川山隆
公開 / 更新2008-05-18 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

 清造はその朝になって、やっとにぎやかな町に出ました。それは、清造の生まれた山奥の村を出てから、もう九日目くらいのことでした。それまでにも、小さな町や村は通ったことがありましたが、これほどにぎやかな町に出たのはこれがはじめてです。町の両側には新しい家がならんでいました。そうしてそれらの店には、うまそうなおかしだの、おもちゃのようにきれいなかんづめだの、赤や青のレッテルをはったびんなどが、みがきたてたガラスの中にかざってありました。
 すきとおるような、冬の朝の日の光に、それらの店やびんやおかしが、美しく光っていました。店の前に立てた、赤地に白くそめ出した長い旗が、氷をふくんだような朝の風に、はたはたと寒そうに鳴っていました。
 ほんとうは、それはまだ、東京の郊外の、ちょっとした新開地にしかすぎません。けれども、今まで山の中にばっかり育って、あまり町を見たことのない清造の目には、それがどんなに美しくうつったことでしょう。清造はすっかり驚きました。そうしてこの町をひいていく、馬力や牛車がどんなに長くつづいているのだろう。こんなたくさんの車や人が、どこからこうして出てくるのだろう。――おまけにその間を、自動車が、ブーッ、ブッと、すさまじい音をたてて、新開地のでこぼこ道を、がたがたゆれながら、勢いよく走っていきます。清造はまったくびっくりしてしまいました。
 しかし、これでやっと東京へ着いたのだ、と思うと、かれはやはりうれしくなりました。どんなに貧しい人でも、東京へさえいけば、なにか働く道もあるし、りっぱになれるということを村の人たちから聞かされていたからです。けれどもそうして働くには、どこへいって、どんな人に頼んだらいいのか清造にはわかりませんでした。
 町の両側の店をのぞきながら歩いても、それらの店の人たちはみんな、朝のかざりつけにせわしそうに働いていました。ぼろぼろによごれた、きたない着物をきている、ちっぽけな子どもなんかに目もくれる人はありません。それほどみんなはせわしかったのです。往来にはつめたい風が吹いているし、今はもう暮れの売出しの時節です。
 清造はだまってぼつぼつ歩いていました。お腹もぺこぺこに減っていましたが、なにか買って食べるお金なんか一文も持っていなかったのです。めし屋ののれんの中からは、味噌汁やご飯の香りがうえきった清造の鼻先に、しみつくようににおってきました。しかし清造はぺこぺこにへこんだお腹をそっとおさえて、悲しそうにいき過ぎるよりほかにしかたがありませんでした。
 このにぎやかな町にはいってから、五、六町歩くうちに清造はどこの店も、自分にはまるで用のないものだということを、小さな頭にさとりました。唐物屋だの呉服店などに、どんなにきれいなものがかざってあっても、今の清造にはなんの興味もありません。金物屋や桶屋はそれ以上に…

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