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神様の布団
かみさまのふとん
作品ID46986
著者下村 千秋
文字遣い新字新仮名
底本 「あたまでっかち――下村千秋童話選集――」 茨城県稲敷郡阿見町教育委員会
1997(平成9)年1月31日
初出「赤い鳥」赤い鳥社、1925(大正14)年4月
入力者林幸雄
校正者富田倫生
公開 / 更新2012-03-30 / 2014-09-16
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 むかし、鳥取のある町に、新しく小さな一軒の宿屋が出来ました。この宿屋の主人は、貧乏だったので、いろいろの道具類は、みんな古道具屋から買い入れたのでしたが、きれい好きな主人は、何でもきちんと片づけ、ぴかぴかと磨いて、小ぎれいにさっぱりとしておきました。
 この宿屋を開いた最初のお客は、一人の行商人でした。主人は、このお客を、それはそれは親切にもてなしました。主人は何よりも大事な店の評判をよくしたかったからです。
 お客はあたたかいお酒をいただき、おいしい御馳走を腹いっぱいに食べました。そうして大満足で、柔らかいふっくらとした布団の中へはいって疲れた手足をのばしました。
 お酒を飲み、御馳走をたくさん食べたあとでは、だれでもすぐにぐっすりと寝込むものです。ことに外は寒く、寝床の中だけぽかぽかとあたたかい時はなおさらのことです。ところがこのお客ははじめほんのちょっとの間眠ったと思うと、すぐに人の話し声で目をさまされてしまいました。話し声は子供の声でした。よく聞いてみると、それは二人の子供で、同じことをお互いにきき合っているのでした。
「お前、寒いだろう。」
「いいえ、兄さんが寒いでしょう。」
 はじめお客は、どこかの子供たちが暗闇に戸惑いして、この部屋へまぎれ込んだのかも知れないと思いました。それで、
「そこで話をしているのはだれですか?」となるべくやさしい声できいてみました。すると、ちょっとの間しんとしました。が、また少したつと、前と同じ子供の声が耳の近くでするのでした。一つの声が、
「お前、寒いだろう。」といたわるように言うと、
 もう一つの声が細い弱々しい声で、
「いいえ、兄さんが寒いでしょう。」というのです。
 お客は布団をはねのけ、行灯に灯をともして、部屋の中をぐるりと見回しました。しかしだれもいません。障子も元のままぴったりとしまっています。もしやと思って、押し入れの戸を開けて見ましたが、そこにも何も変わったことはありませんでした。で、お客は少し不気味に思いながら、行灯の灯をともしたままで、また床の中にもぐり込みました。と、しばらくするとまたさっきと同じ声がするのです。それもすぐ枕元で、
「お前、寒いだろう。」
「いいえ、兄さんが寒いでしょう。」
 お客は急に体中がぞくぞくとして来ました。もうじっとして寝ていられないような気持ちになりました。でも、しばらくじっと我慢していますと、また同じ子供の声がするのです。
 お客はがたがたふるえながら、なおも、聞き耳を立てていますと、また同じ声がします。しかも、その声は、自分のかけている布団の中から出て来るではありませんか。――掛け布団が物を言っているのです。
 お客は、いきなり飛び起きると、あわてて着物を引っかけ、荷物をかき集めてはしご段を駆け下りました。そうして、寝ている主人を揺り起こして、これこれこう…

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