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曲馬団の「トッテンカン」
きょくばだんの「トッテンカン」
作品ID46987
著者下村 千秋
文字遣い新字新仮名
底本 「あたまでっかち――下村千秋童話選集――」 茨城県稲敷郡阿見町教育委員会
1997(平成9)年1月31日
初出「赤い鳥」赤い鳥社、1928(昭和3)年9~11月
入力者林幸雄
校正者富田倫生
公開 / 更新2012-03-27 / 2014-09-16
長さの目安約 34 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 いちばん先に、赤いトルコ帽をかむった一寸法師がよちよち歩いて来ます。その後から、目のところだけ切り抜いた大きな袋をかむった大象が、太い脚をゆったりゆったり運んで来ます。象の背中には、桃色の洋服をきたかわいい少女が三人、人形のようにちょこんと並んでのっかっています。その後からは楽隊の人々が、みんな赤いズボンをはき、大きなラッパ、小さなラッパ、クラリオネット、大太鼓、小太鼓などを持って、足並そろえて調子よく行進曲を吹き鳴らして来ます。
 さてその後からは、鉄のおりに入ったライオン、虎、熊などの猛獣が車に乗せられて来ます。つづいて馬が十頭ほど、みんなかわいい少女や少年を一人ずつ乗せて、ひづめの音をぽかぽかと鳴らしながら来ます。最後に赤や黄や青の旗をかついだ人たちが大ぜい、ぞろぞろとつづいて来ます。その旗にはそれぞれ「東洋一大曲馬団」「東洋一移動大動物園」「世界的大魔術」「世界的猛獣使」などという字が白く、染めぬかれてあります。
 まっ先の一寸法師から、最後の旗持ちまでは百五十メートルほどもあり、その長い行列は、楽隊の吹き鳴らす行進曲で、何ともいえない気持ちよい調子につつまれ、何ともいえないにぎやかな色どりをあたりにふりまきながら、八月の朝のきらきらした太陽の光の中を進んで来ました。
 ここは東京から北の方へ二十里ほどはなれた、ある湖の岸の小さな町。汽車も通らず電車もなし、一日にたった二度乗合自動車が通るきりの、しずかなしずかなこの町に、だしぬけにこんな行列が来たのですから、大へんです。町は一どきに目がさめたように活気づき、町の人々は胸がわくわくして仕事など手につかず、みんな往来へ出て、目をみはって行列を見ています。わけても、夏休みでたいくつしていた子供たちは、一年中のお祭りが一どきに来たようによろこび、もうじっとしてはいられず、行列の後からぞろぞろぞろぞろとついて行きます。元気のいい男の子たちは足も地につかぬ思いで、飛びまわり、はねまわり、一寸法師の前へ立って背くらべをしたり、象のそばへ来て袋の下から長い鼻をのぞいたり、楽隊といっしょに足拍子を取ったり、ライオンや虎や熊をこわごわと見たり、馬の上の少年少女たちに失敬してみたり、旗持ちの旗をかついだり、もうまったく夢中になっています。なにしろこの町はじまって以来の出来ごとで、一寸法師はもちろん、象もはじめて、ライオン、虎、熊もはじめて見る、という子供たちが多いのですから、こういうさわぎをするのも無理はないのです。



 火の見の立っている町の四つ角の、いちじくの葉が黒いかげをおとしているところに、一軒の鍛冶屋があります。ここに新吉という十一になる丁稚がいます。その朝も早くから、土間の仕事場で意地悪の親方にどなりつけられながら、トッテンカン、トッテンカンとやっていました。
 すると、遠くから、ききなれない楽…

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