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虹色の幻想(シナリオ)
にじいろのげんそう(シナリオ)
作品ID46991
著者岸田 国士
文字遣い新字旧仮名
底本 「岸田國士全集7」 岩波書店
1992(平成3)年2月7日
「群像 第九巻第七号(増刊号)」  
1954(昭和29)年6月15日
初出「群像 第九巻第七号(増刊号)」1954(昭和29)年6月15日
入力者kompass
校正者門田裕志
公開 / 更新2011-09-08 / 2014-09-16
長さの目安約 80 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

第一話




 海底の美しい景観のなかに、若い海女が一人、自由奔放な姿で現れる。腰に綱をつけてゐるのがはつきりわかる。海女は、岩の間を潜り、海草の茂みを分け、アハビ貝を探してゐる。アハビを二つ腰にさげた網に入れる。そして、綱を激しく手で引く。綱は上から手繰りあげられ、やがて、海女は水面に顔を出す。
 水面には、一艘の小舟が待つてゐる。海女が舟べりに手をかけるのと、小舟の上の男が両手で彼女の腕をとるのと同時である。
「えらくひまどつたな。心配させるなよ」
 男は、海女の夫、浦島太郎である。
「もう、このへんには、いくらもないよ」
 海女の名は、サヾエ、まだ新婚の初々しさを失つてゐない。舟に上り、ぐつたりと夫の肩にもたれかゝるやうにして、
「今日はこれくらゐにしておかうか」
「うむ、無理をせんがいゝ。どれ、おまへ、顔色がよくないぞ。早う、帰らう、帰らう」



 小舟は岸に向つて滑り出す。
 夫婦一組を乗せた舟があちこちに見える。
「わあ、太郎のとこは、もう、しまひか」
「えらく急いで、なにしに行くだ」
 舟を浜にあげようとするが、なかなかあがらない。太郎は妻が手をかさうとするのを止めたからである。
「いゝから、おまへは、先へ帰つて、休みな。舟は子供たちに手伝はせて、あげちまふから……」
 妻のサヾエは、足もとがふらつくのを、我慢して歩き出す。
「おーい、そこにゐるチビコロたち、ちよつと、みんな来い」
 舟は子供たちの手で陸へ押しあげられる。
 子供らは、それがすむと、そのうちの一人が持つてゐる小さな亀を砂の上におかせて、遊びはじめる。仰向けにしたり、小石をぶつけたり、砂の中に埋めたりする。
 太郎は、それを見ると、子供らのなかへ割つてはいり、
「やい、そんなに生きものをいぢめるもんぢやない。かわいさうに……。ほかに、いくらでも、いたづらはできるぢやないか」
 子供の一人が、それにこたへて、
「これより面白いいたづらつていふと、なにがあるね、浦島のをぢさん」
「この野郎、大人をからかやがッて……。さ、さ、その亀は、をぢさんが駄賃をやるから、海へ放つてやりな。そら、飴でも買つて、みんなで、しやぶれ」
 小銭を一人の子供の手に渡し、岩の上からそつと、深い水の中へ放す。



 翌朝、床についてゐる妻の枕もとで、浦島太郎は、鏡に向つて髪をくしけづつてゐる。
「どうも、今年の椿油は、サラッとしないな。手はべたつくし、櫛は重いし……」
「だから、毎日そんなになすくらなくつたつて、いゝんだよ。おまいさんのおしやれもあきれるわ」
「そんなこと言つたつて、男の髪は、油つ気がなくなると、すぐにさゝけるんだよ」
「うまいことばつかり……浜で娘つ子になんとか言はれたいもんだから……」
「うるせえな、病人なら病人らしく、黙つて寝てろよ。おれや、やきもちなんぞ焼く女は、でえきれえ…

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