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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
副題65 学校へ奉職した前後のはなし
65 がっこうへほうしょくしたぜんごのはなし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-05-02 / 2014-09-21
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 これから話の順序が学校へ奉職った時分のことにちょうどなって参ります。今日はそのはなしを致しましょう。……ところが随分迂闊なことでありますが、私は自分の拝命する学校を知らなかったというようなわけであった。
 明治二十二年の二月十一日は憲法発布式の当日でありましたので、東京市中は一般のお祝いで大した賑わいでありました。市中はいろいろな催しもの、行列などがあり、諸学校でも教員が生徒を伴れて宮城外の指定の場所へ参列でもするのか、畏きあたりのお通りを拝するのであるか、とにかく大した賑わいであるという評判。私はそういうものを見物に出掛けもしなかったが、家内には子供を伴れさせて見物に出しましたが(光太郎がちょうど六、七歳の時と思います。母につれられて行きました)。広小路でいろいろな催し物行列などを見てから間もなく帰って参った家内のはなしに、「上野の方は大層な人出で、いろいろな催しがありましたが、その中に、何時か家へお出でになった竹内さんが行列の中に這入ってお出ででした。その行列は朝鮮人か支那人かというような風をして頭に冠をかぶり金襴の旗を立てて大勢が練って行きましたが、この行列が一番変っていました」
ということ。私はその話を聞いて、あの竹内さんは数寄者で変ったことが好きだから、町内の催しで、変った風をして行列の中に交ったのであろう、元禄風俗を研究したりしていなすったから、きっとその時代の故実を引っ張り出して面白い打扮をやったのであろう、など私は話したことでありました。

 その日憲法発布の式場へ参列のため大礼服をつけて官舎を出るところを玄関前で文部大臣の森有礼氏が刺客に刺されたのであった。お目出たいことのあった後の不祥事で人々は驚いていました。
 それから、ずっと後になって、私が美術学校へ奉職するようになり、憲法発布式の当日に家内が上野で竹内先生が不思議な風をして行列の中に交っていたという話しの訳が分りました。それは竹内先生はその時美術学校の教官であったので、学校の正服を着けて、学生を率いて式場附近へ参列する途中であったということが分ったのでありました。私は実は早合点をして竹内さんの好みで古代の服装でも真似て町内の行列へ這入ったのだと思ったことで、竹内さんが学校の教師になっていられることなどは少しも知りませんのでした。

 憲法発布式のあったのは二月のこと。三月にはいって間もなく、或る日竹内久一氏が私宅を訪問されました。
「高村さん、今日は私は個人の用向きで来たのではありません。今日は岡倉覚三氏の使者で来たのです」
という前置きで、その用件を話されるのを聞くと、私に美術学校へはいって、働いてもらいたいという岡倉氏の意を受けてお願いに来たのだということであった。私は寝耳に水で、竹内さんのいってることがちょっと要領を得ないので、
「一体、今お話しの美術学校というのは何んです…

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