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受動的抵抗の理論と実行
じゅどうてきていこうのりろんとじっこう
著者
翻訳者福永 渙
文字遣い旧字旧仮名
底本 「ガンヂーは叫ぶ」 アルス
1942(昭和17)年6月20日
初出「インデイアン・オピニオン」1914(大正3)年
入力者田中敬三
校正者小林繁雄
公開 / 更新2007-06-17 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私は、この「インデイアン・オピニオン」の記念號が發刊される時には、母國に到着してゐないにしても、少くともフエニツクスから遠く離れてゐるであらう。ところで、私はこの特別號を發刊するに至つたところの私の衷心の思想を置土産にしたいと思ふ。受動的抵抗がなかつたら立派な[#挿絵]畫があつて、極めて重要なインデイアン・オピニオンの特別號はこの世に現れなかつたであらう。インデイアン・オピニオンは、過去十一年間、質實にして謙虚な態度で、我が同國人と南アフリカのために貢獻しようと努力して來たのであつて、この十一年間は、彼等が恐らく一度は通り拔けなければならなかつた最も危急な時代であつた。それは、全世界の視聽を集めて受動的抵抗の起源と發展とを刻みつけた時期である。
 受動的抵抗といふ言葉は、過去八年間の印度人社會の活動に適合しない。吾が國語でそれと同意味の語は、それを英語に飜譯すると、「眞理の力」を意味する。私はトルストイがそれを「精神の力」又は「愛の力」と呼んだと思ふが、全くその通りである。
 それが極端に用ひられると、この力は金錢上又は他の物質な助力から獨立するのである。それは腕力や暴力から離れることは勿論である。實に、暴力はこの偉大な精神の力の否定である。この精神の力は暴力を囘避せむとする人々によつてのみ養成され、使用されるのだ。それは個人によつても團體によつても使用され得る力である。又それは政治上の問題にも家庭上の問題にも使用が出來る。かくの如くそれが廣く萬般のことに用ひられるのは、その永遠性と、打勝ち難い強い力によるのだ。それは男にも、女にも、子供にも同樣に使用される。それは、暴力によつて暴力に報いることが出來ない時に、弱者によつて用ひられる力だと云ふのは全然誤りである。この誤謬は、英語の表現の不完全から生ずるのだ。自分は弱者であると考へて居る人々には、この力を用ひることは出來ない。人間のうちには獸性より優れた或るものがあつて、後者は常に前者に服從するのだといふことを知る人だけが、有力な受動的抵抗者となることが出來る。
 この力と暴力の關係、從つてあらゆる壓制、あらゆる不正との關係は、恰度光と闇との關係のやうなものだ。政治上では、この力の使用は、統治は人民が統治されることを意識的若くは無意識的に承認して居る間にのみ可能であるといふ動かし難い公理に基礎を置く。吾々はトランスヴアールの千九百〇七年のアジア條例によつて統治されることを欲しなかつた。それだから、かの條例はこの偉力のために廢止されなければならなかつたのである。吾々の前に二つの道があつた――條例に服從を強ひられた時に暴力を用ひるか、或は、この條例の規定するところの刑罰を受け、かくして統治者即ち立法者の心に同情を起させるまで、吾々のうちにある力を振ひ起して、彼等にそれを見せつけるかである。吾々が努力して目的を達す…

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