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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID47036
副題74 初めて家持ちとなったはなし
74 はじめていえもちとなったはなし
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-06-18 / 2014-09-21
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 ここでまた話が八重になりますが、……その頃馬喰町の小町水の本舗の主人に平尾賛平氏という人がありました。
 今日の平尾家はその頃よりも一層盛大で、今の当主は二代であるが、先代の賛平氏時代も相当な資産家で化粧品をやっていました。この平尾氏が、どういう心持であったか、私のことを大変心配をしてくれているということであった。私の方ではさっぱりそういうことは知りませんでしたが、私とは関係の浅からぬ後藤貞行君を通じて右の趣を承知したのであった。
 後藤君のいうには、
「平尾さんが、あなたのことを大変気に掛けていられる。娘を亡くして気を落としたりしたあげく、残暑の酷しい中の野天で、強い仕事をしたりして暮らしていてはさぞ大変なことだろう。それに、もう、あの人も相当年輩、世間的の地位も立派にあるのに、今日といえども、まだ微々たる借家住居をしているようでは気の毒だ。あの分では何時までたっても自分の家持ちになることは出来まい。どうかまず家持ちにして上げたい。何事も居所が確かり定まってのことだから……とこういってあなたのことを心配していられます。平尾さんの気では一日も早くあなたに一軒の家を持たせたいという望みなのですよ。あなたはどう思いますか。一つ考えて見て下さい」
ということ。しかし、まだその頃は、私も平尾氏の噂こそは後藤君からちっとは聞いているようなものの、まだ一面識もないことで、先方がどういう気でそういうことをいっておられるのか見当も附かず……多分、私が永年の間に多少とも貯蓄などをしていて、いくらか土台が出来ているだろうからその上へ幾分のたし前でもして補助して、そうして一軒の家持ちにでもして上げたいというような心持か、御好意は忝いが、今日まで何事も自力一方でやって来た自分、まあ、自分は自分の力をたよりにするにしくはないと、別に乗る気もなしそのままになっていました。
 すると、また後藤君が見え、
「高村さん。平尾さんの、あなたに対する力の入れ方は本当に真剣の話です。串戯ではないのですよ。この間もあなたに話した家持ちにしたいという一件……あれを是非実行したいといわれるのです。無論あなたは学校の勤務もあり、家では差し迫った仕事のある身で御多忙なのは平尾さんも万々承知。ですからあなたに面倒は少しも掛けず、何事も平尾さんの手でやってしまうというのです。どうですか。折角これまでに尽くしてくれるのですから、あなたも承知なすったら、どうでしょう。今日は私は平尾さんの意を受けてあなたの御返辞を確かり承りに来ました」
 こういう話。私はこうなると、何事も打ち明け話をしなければ理が分らぬと思いましたから、
「平尾さんのお志は感謝しますが、実は、私も貧乏の中で娘を亡くし、いろいろ物入りもして、今日の処少しの貯えもありません。仮りに家をこしらえてくれる人があったとして、引っ越しをする金もありません。……

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