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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID47037
副題75 不動の像が縁になったはなし
75 ふどうのぞうがえんになったはなし
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-06-18 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 そこでまた話がいろいろ転々しますが、平尾賛平氏が、どうしてこうも私のために厚い同情を注いで下すったかということについては、今までお話をしたばかりでは少し腑に落ちかねましょうが、これにはちょっと因縁のあることで、それをついでに話します。どういう訳か知らないが、私の一生には一つの仕事をするにも、いろいろ曰くいんねんが附いて廻るのは不思議で、ただ、その事はその事と一口に話せないような仕儀であります。それは本当に妙です。

 或る晩、私は上野広小路を通りました。
 元は岡野今の風月の前のところへ来ると、古道具屋の夜店が並んでいます。ひょいと見ると、小さな厨子に這入っている不動様が出ている。夜の十時頃で、もう店の仕舞い際でしたが、カンテラの灯の明りでも普通のものでない気がしましたので、手に取って見ると、果してそれは好いこなしで、こんな所に転がっているものではありません。片方の足が折れていましたが、値を聞くと、十銭といいました。妙なもので一円でも素通りは出来ないのに、八銭に負けろといったら、負けましたから、二銭つりを取って袂に入れて帰りました。

 その後、私は右の不動を出して見ると、なかなか凡作でない。折れた足を継ぎ、無疵にして、私の守り本尊の這入っている観音の祠(これは前におはなしした観音です)の中へ入れて飾って置きました。これは西町時代のことであります。
 ちょうどその頃、彼の後藤貞行氏は馬の彫刻のことで私の宅へ稽古に来ていた時分、親しみも一層深くなっていた時ですから、或る日、私の本尊の観音様の祠を開けて見ると、中に小さな不動様の厨子があるので、それを見ると、非常に欲しくなったらしいのです。
 初めの中は後藤氏も、あの不動さまは実に好いと褒めていた位でしたが、いかにも心が惹かれたと見えて、
「高村さん、どうか、私に、あの不動さまを譲ってくれませんか。私は一目あれを見てから、どうも欲しくてしようがありません」
という言葉つき。いかにも余念なく見えましたが、
「あれは私の彫刻の参考ですからお譲りするわけに行きません」
 私は一応お断わりしました。
 すると、後藤君は押し返して、
「そうですか。私は実は酉年で不動さまを信仰しております。私の守り本尊にしたいと思いますから是非どうかお譲り下さい」
と、たっての頼み。
「そうですか。あなたが、あの不動さまを拝むというのならあなたに差し上げましょう。実をいうと、あれは広小路の夜店で八銭で買ったのです、値は八銭であっても、作は凡作でない。どんな大きな不動を作るにも立派に参考になると思って私は買ったのですが、あなたがそんなに御執心なら差し上げます。しかし、なくなさないようにして下さい。私が参考にしたい時はまた借して下さい」
 こういうことで、右の不動様を後藤君に進呈しました。後藤君は大いによろこび、それを自分の守り本尊として持っ…

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