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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID47038
副題76 門人を置いたことについて
76 もんじんをおいたことについて
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-06-18 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 今日までの話にはまだ門人の事について話が及んでおりませんから、今日はそれを話しましょう。実は、私が弟子を置いたということは偶然のことではないのです。これには少し理由のあることで……といって何もむずかしいことでも何んでもありませんが、……前にも度々話した通り、私が弟子を置き初めた時分……ちょうど西町時代の初期頃は木彫りが非常に頽れ、ひとえに象牙ばかりが流行った時代。木彫りといってはほとんど全く顧みる人もなかったのであります。しかし木彫りをする人は多少はありました。多少はあるにはあっても、その中に腕のすぐれた人はなおさら牙彫りの方へ職を変えてしまいましたから、一層木彫りの方は頽れて行ったような次第であって、わずかに自分ら一、二のものが取り残されたようなわけで木彫りの振わないことは夥多しいのでありました。したがって生計上に困ることは自然の理で、ようやくその日を糊する位のもので、さらに他を顧みる隙もなかったことでありました。
 木彫りの世界はこういうあわれむべき有様でありましたので、私は、どうかしてこの衰頽の状態を輓回したいものだと思い立ちました。ついては、何事によらず、一つの衰えたものを旺んにするにはまず戦わねばならぬ。戦争をするとすると兵隊が入ります。で、その兵隊を作らねばならないとまず差し当ってこう考えました。すなわち木彫界の人を作らなければならない。人の数が多くなればしたがって勢力が着いて来る。そうすれば世に行われると、まあ、こういう見当をつけたのであります。そこで、どういう手段でその人を殖やす方法を取るべきであるか……ということになるのですが、どうといって、弟子でも置いて段々と丹精して、まず自分から手塩に掛けて作るよりほかはない。……と気の長い話でありますが、こう考えるよりほかに道もありませんでした。
 ところが、木彫りは今も申す如く、衰えていて、私自身がその当時現に困窮の中に立ち、終日孜々汲々としていてようやく一家を支えて行く位の有様であるから、誰も進んで木彫りをやろうというものがありません。私自身が弟子を取りたいと考えても、弟子になりてがないという有様である。それは無理ならぬ事で、木彫りをやって見た処で、世間に通用しない仕事と見做されていることだから、そういう迂遠な道へわざわざ師匠取りをして這入って来ようという人のないのは、その当時としてはまことに当然のことであったのでした。

 それはそうとして、とにかく私は弟子を取って一人でも木彫りの方の人を殖やす必要を感じている。でその弟子取りを実行しようと思うのですが、それがまた容易には実行出来ないのであります。……というのは、弟子を置けば雑用が掛かります。自分の生計向きは困難の最中……まず何より経済の方を考えなければならない。弟子を置いても弟子に食べさせるものもなく、また自分たちも食べて行けないとあっては、…

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