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幕末維新懐古談
ばくまついしんかいこだん
作品ID47039
副題77 西町時代の弟子のこと
77 にしまちじだいのでしのこと
著者高村 光雲
文字遣い新字新仮名
底本 「幕末維新懐古談」 岩波文庫、岩波書店
1995(平成7)年1月17日
入力者網迫、土屋隆
校正者noriko saito
公開 / 更新2007-06-23 / 2014-09-21
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 その当時、私の友達で京橋桶町に萩原吉兵衛という人がありました。家職は道具商ですが、その頃は横浜貿易の盛んになった時ですから、「焼しめ」という浜行きの一種の焼き物をこしらえて商売としていました(これは綺麗な彩色画を焼き附けた日用品の陶磁器です)。この人には子供がないので、伊豆の熱海温泉場の挽物師で山本由兵衛という人の次男の国吉というのを養子にしたのですが、この子供が器用であって、養父の吉兵衛さんも職業柄彫刻のことなどに心がある処から、国吉を私の弟子としたいと頼んで来たのであります。これは西町時代の初めの頃で、国吉は十四歳の時に私の宅へ参って弟子となりました。この子供が後の山本瑞雲氏であります。
 国吉の父の由兵衛という人は、土地では名の売れた人で、熱海の繁栄策にはいろいろ力を尽くし、また義侠的に人のためにも尽くした人で、したがってそのため資産を滅ぼしたが、それでも三井の物産の方に関係し、楠の大広蓋などを納めて相当立派にやっていたのでした。一方、萩原吉兵衛氏は、身体が弱かったので熱海の温泉に行った処、この人も変り者で、任侠的な気風の人であったので、何かの事で逢ったのが縁で、同気相求め、君の次男を貰おう。遣ろう。ということになったのでした。国吉は故郷熱海を後にして東京に来り、養父の許に暫時いたのであったが、養父は家に置いて家職のことを覚えさせるより、後々にはきっと世の中に認められて来るであろうと思われる木彫りの修業をさせた方が行く行くこの児のためであろうと考え、私に弟子入りを頼んで来たのでありました。しかし、私は困難の最中のことでありますから、食いぶちだけはとにかく、その他の一切のことはそちらにてやってもらいたいというと、吉兵衛さんは相当立派にやっていることですから、無論それは承知で、国吉は私の内弟子として私宅へ参ったのであった。これが私の最初の弟子で、弟子中では最も古参であります。国吉は後に仔細あって旧姓山本に復し山本瑞雲と号したのです。
 瑞雲氏は実父、養父の気性を受けてなかなか人の世話をよく致します。また信仰者で仏典にも委しい。
 さて、その次に来た弟子は日本橋馬喰町の裏町に玉村という餅菓子屋がありましたが、その直ぐ隣りの煎餅屋の悴長次郎という若者でした。この人の来た時分は、前に話しました三河屋の隠居と私が懇意になり、三河屋の仕事をして多少生計が楽になった時でありましたから、大変家の貧乏だった煎餅屋の悴を弟子に取るだけのことも出来ました訳……長次郎は至って気質の温しい男で、今この席にいる光太郎を抱いたり背負ったりして能く佐竹ッ原へ見物に行ったものです(光太郎は打毬が好きで長次郎が仕事をしていても、原へ行こう行こうといって能くせがんだものです)。父は島田という人で、茶人でした。大変生計に困っているらしいので、気の毒に思い、石川光明さんその他三、四の友達を誘い…

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