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柿の実
かきのみ
作品ID47047
著者林 芙美子
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻84 女心」 作品社
1998(平成10)年2月25日
入力者浦山敦子
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-02-15 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 隣家には子供が七人もあつた。越して来た当座は、私のうちの裏庭へ、枯れた草酸漿が何時も一ツ二ツ落ちてゐて、檜の垣根の間から、その隣家の子供達が、各々くちの中で酸漿をぎゆうぎゆう鳴らしながら遊びに来た。
 風のよく吹く秋で、雲脚が早くて毎日よく落葉がお互ひの庭に溜つていつた。
「おばさまおちごとですか?」
 下から二番目の淵子ちやんと云ふ西洋人形のやうな子供が、私のうちの台所の窓へぶらさがつてはばあと覗いた。
 元隣家は、年寄夫婦がせまい庭を手入れして鶏なぞを飼つて住まつてゐたのだけれども、大阪の方へ息子さんを頼よつて行つてしまつて、長い間空家になつてゐた。夏中草が繁げつてしまつて、鶏小舎の中にまで白い鉄道草の花がはびこつたりしてゐたのが、子供が七人もある人達が越して来ると、草が何時の間にかなくなつてしまつて、いゝ空地がたちまち出来上がり、子供達は自分より大きい箒で、落葉をはいては火をつけて燃やしてゐた。
 夏中空家であつた隣家の庭に、私がねらつてゐた柿の木があつた。無性に実をつけてゐて、青い粉をふいてゐた柿の実が毎日毎日愉しみに台所から眺められたのに、あと二週間もしたら眺められると云ふ頃、七人の子供を引き連れた此家族が越して来たので、私はその柿の実を只うらやましく眺めるより仕方がなかつた。
 落葉を燃しながら四番目のポオちやんと云ふ男の子が、お母さま此柿の実は何時頃もいでいゝのとたづねている。脊の低い肥つた子供の母親が、にこにこして柿の木をみあげ、さあ、まだまだ駄目ですよ。こんな青いの食べるとおなかを悪くしますよと云つている。
 私も台所をしながら、黒いふのある柿の実を透かして眺めた。
 半かけの雲が落葉といつしよにひらひらするやうな乾いた秋であつた。雨がちつとも降らなかつた。隣家の話声がよく私の仕事部屋へきこえて来た。――もうそろそろ寒くなるのねえ、ほら、お話をするともう私のくちから湯気が出るわよお母さま、一番おゝきい澄子さんと云ふ十四歳の少女の話声だ。
 此家族が越して来て間もなく、洽子ちやんと云ふ十二になるお姉ちやんと、ポオちやんが手紙を持つて、夜が更けてから遊びに来た。手紙には大泉黒石と書いてあつた。まあ、そうですか、お父さまもよかつたらいらつしやいなと云ふと、男の子はすぐ檜の垣根をくぐつてお父さんをむかへに行つた。
 洽子さんはまるで大人のやうにきちんと坐つて、静かなお家ですねと云つた。私は何だかいぢらしくなつて、ラヂオをかけて、面白いでせうと云つた。丁度アルゝの女の曲で喇叭が綺麗にはいつてゐた。洽子さんは黒と赤のだんだらのジヤケツを着て何時も手を隠してゐる。どらどらおばさまに洽子さんのお手々みせて頂戴と云ふと、可愛い手をそつと出して拡ろげた。その手は可愛かつたけれどもまるで大人のやうに荒れてゐた。洽子さんお台所なさるのと聞くと、御飯焚くわよと云つ…

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