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神童の死
しんどうのし
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆 別巻85 少年」 作品社
1998(平成10)年3月25日
入力者浦山敦子
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-02-17 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 去年の秋、小田原の近在に意外の大惨虐が行はれた。恐らく、この吾が人生に於ける悲劇中の悲劇であらう。而かも私は、未だ曾てかゝる神聖無垢な殺人犯を見た事が無い。清純にして無邪、真実にして玲瓏の極、のみならず、単純無比にして深刻無比。而かもまた無心無我の極にあつて、既に恐るべき悪魔的天才の萌芽を示した雋鋭錐の如き近代の神経と感覚。驚くべきこの犯罪はただ手もなくやつつけられた。このすばらしい犯人こそ当年五歳の男の児に外ならなかつた。
 この犯罪は更に他に戦慄すべきそれ以上の犯罪を生むだ。そればかりではない、更にまた血みどろの自殺者を二人まで出して了つた。一家族の全滅である。
 それがまた、ほんの突嗟――永くて五分か十分――の出来事であつた。
 而かも相互の愛情には些の不純も無かつた。相愛してゐた。誰一人憎むべき人間は見当らなかつた。
 たゞ愛ばかりであつた。而かもこの悲劇は誰一人予期したものも無ければ、何一つ当初から計画されたものでは無かつた。
 事件は突如として起つてゐる。
 当事者は知らず、第三者から観れば、此等の犯罪者乃至自殺者は、全く人意以外の或る悪魔(それはその一家を全滅さすべくのしかかつて来た)の凄まじい翻弄に遭つたか、或は何等かの因果律に依つて、その一家のとどめを刺されて了つたとしか考へられなかつた。
 私の仮寓してゐるD寺の和尚さんは『前世からの約束事でせう。』と嗟嘆した。而してまた『因縁事だ、仕方がない。』と、苦もなく諦めて了つた。
 多くの人間は一体自分から観て一寸測り知られぬ異常な事件に打突ると何も彼も因縁事だと諦めて了ふ。然し、私達はそれで決していい事はない。近代の人間はもつと理智的であり、考察的であり、研究的であらねばならない。
 私が考へたところでは、全滅した此等四人の家族の中から、一人の悪人でも、矢張り見出せなかつた。が、たゞ一つ犯人の母親がたゞ一言不用意な言葉を使用した。それが凡ての起因で、兎に角母親が不謹慎だつたといふ事はわかる。然し、それを以て母親に最上の悪を担はせる事はできない。
 ただ、茲に、私が、心から驚いたのは、此悲劇の主人公たる男の児のすばらしい天才的感覚であつた。
 えらい奴である。とにかくその男の子は。
 考へると、私は全く讃嘆し崇拝したくなる。尤も、私は決して殺人を是認する者ではない。然し、その犯罪があまりに無邪気で、その犯人がまたあまりに無心であるから、その手段だけが、たゞ芸術的にも見え、天才的にも、神聖化しても考へられるのである。

    ○

 事実を言はねばわからない。
 時は初秋、一味清涼の秋風が空には流れても、山間の雑木林にはささ栗の毬がまだ青く揺れてゐる頃であつた。
 処は函嶺に近いある村落の田家に、両親と二人の子供とがあつた。子供は二人とも男の子で、兄は五歳弟はまだ三歳だつたと云ふから何れも頑是…

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