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『行く春』を読む
『ゆくはる』をよむ
作品ID47089
著者蒲原 有明
文字遣い新字旧仮名
底本 「蒲原有明論考」 明治書院
1965(昭和40)年3月5日
初出「明星 第拾八号」1901(明治34)年12月
入力者広橋はやみ
校正者小林繁雄
公開 / 更新2011-01-27 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 薄田泣菫氏の才華はすでに第一の詩集『暮笛集』に於て、わが新詩壇上いちじるしき誉れとなりしを、こたびの集『ゆく春』の出づるに及びて、また新たに、詩人繍腸の清婉は日ごろ塵に染みたる俗心の底にもひびきぬ。ことしもうら寂しく暮れゆかむとする詩天のかなたに、世は夕づつのかげの明かに輝くを見ておどろく。
 集中絶句「遣愁」の一篇を誦すれば、瘠せたる詩風に泣くの語あれど、泣菫氏が豊麗の詞藻はかの清[#挿絵]鶴仙の老いたるすさびに似もやらず、また陋巷に杯を啣む酔後の傲りにもふさはしからじ。むしろ才人時に遇ひたる眩ゆさを思はしむ。妙想胸に溢れて、奔放の流は詩中に漲りぬ。ここの岸辺には緑の蔭ふかく、哀笛調高し、幽草の香薫ずる真夜中忽ちに華やかなる曙の光を瞻るが如きここちす。この時哀笛のあるじを忍べばわれ等がよろこびに映りて、詩人の面影躍如たるものある可し。また激流怒号の折々には飛沫風に散りて遮るにか、その姿の薄らぎくもるぞ憾みおほき。かの哀情深くはぐまれて、「郭公の賦」、「破甕の賦」、「夕暮海辺に立ちて」、「暗夜樹蔭に立ちて」、「夕の歌」等の秀什は成りぬとおぼゆ。われ等のこころの奥にさへ、優しき詩情の痛み伝はりて、誦しゆく清興ゆたかなるを、遽かに激憤の声を聴けば、多恨悲愁の雲も彩みだれぬ。こは「遣憤」九首、「ああ杜国」十篇の激流飛沫のどよみなり。詩人の寛量は、慷慨を好む民にこの調を仮せしに過ぎざらむのみ。ここにも技工すぐれて用語の自由なるを愛でむには、「遣憤」第三章に
粘土の子凍りて息は無きも
天部の火を借り焼くとせずや
また「ああ杜国」九章の「海神願はく――」の高調、盛に新語を収めて却て古意颯爽の風格あり、特に
吹き散る海の香顔を打ちて
『南の回帰』に落つるところ
と言ふに到りては、後に「王者」の語を点出するの止み難きをおぼえしめて、豪壮の気おのづから人に逼りぬ。
 その他絶句のうちにては夢心地ふかく、情景双ながら懐かしきもの、雛鳩あたへよの小狐の声もおかしく、詩の名は岩根の戦争談も興多けれど、われはこの集の愛読者に罪を得むのおそれをも冒して、「歓声」の一篇に、心狂ふばかりなる夕、松明あかきよろこびの光を栄ありとおもふものなり。
 かのキイツの鶯の賦をおもはしむる「郭公の賦」以下前に数へたる韻ひある句を摘まむはやすけれど聯珠の絲を断たむは口惜しかるべし。况や吟心深く其間に潜みて趣をなせるにあるをや。色彩の濃艶、声調の婉柔は泣菫氏が擅長なるものから、ただ詩中明眸皓歯の人のおもかげ薄きが、情熱の麗句にふさはぬこゝちす。
「鉄幹君に酬ゆ」の篇には「娶らず嫁かず天童の潔きぞ法と思ふもの」といふ警抜の句いとめづらし。藝術家かたぎの上に就いて議を出だすものあらば面白かるべし。
 われはまた、「南畝の人」の完成を望み、「石彫獅子の賦」に御苑にたゝむ雄姿をおもひ、其第二章数節の直截にして遒…

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