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鴎外を語る
おうがいをかたる
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「蒲原有明論考」 明治書院
1965(昭和40)年3月5日
初出「藝林間歩 第二十一号」1948(昭和23)年4月
入力者広橋はやみ
校正者小林繁雄
公開 / 更新2011-01-22 / 2014-09-21
長さの目安約 10 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 鴎外を語るといつても、個人的接触のごとき事実は殆ど無く、これを回想してみるよすがもない。をかしなことである。錯戻であらう。さうも思はれるぐらゐ、自分ながら信じられぬことである。
 それにはちがひないが、鴎外としいへば、その影は、これまでとてもいつぞわたくしから離れ去つたといふ期間はなかつた。それはむしろ離れしめなかつたといつて好い。頭のどこかに鴎外の言葉が聞える。聞く。その聞いたことを、わたくしがまた語るのである。
 わたくしの頭脳のなかに、或る方式で一のコスモスが成立し、そのなかに一社会が存在し、そのまた社会の一単位としてわたくしといふものが存在してゐた。さういふ機構を通して、鴎外の精神はわたくしの生活のなかに微細な点にわたつて影響を及ぼすやうに見えた。
 それは大鴎外にぢかなものではなかつたらう。勿論それは消極的な鴎外の行状であつた。第一には節制であり中庸である。自己の反省のうちにある家庭的な掟である。たとへば石鹸は価を問はず良質なものを使用すべし。身体は常に清潔を保てよ。銭湯になど行かずとも、毎日身体の上下の払拭を怠らぬこと。縁に出て、洗面器を置いて、薬鑵の湯を注げば足りること。洗面器で腰湯を使つても穢ないとも思はぬ。そこに良質の舶来の石鹸が大に効用を発揮する。人手が省かれる。極端な例ではあるが、これが借家住ひで独身生活をしてゐたころの鴎外の日常行事で、その手順が細やかに説かれてある。わたくしにもその精神がいつしか感染して、時節柄多分に洩れず、同居生活の窮屈さを味はされてゐたをりのことであるが、毎朝洗面の後、鴎外の故智に做つて、身体の上下を摩擦し払拭した。入浴もままならぬ日に当つて、それから生ずる意外な好結果に対し、わたくしは歓喜をおぼえざるをえなかつた。
 鴎外はまた石鹸と同様、煙草でも贅沢品を取寄せてゐた。マニラを称してハ[#挿絵]ナを忘れてゐる社会に皮肉を飛ばす。生理に適ひ健康を促進するかどうかは知らぬが、これも代用品を嫌つた一つの証拠である。
 身綺麗にすること、品位を保つこと、粗雑な間に合せの物で、心身を摩り減らし荒らさぬこと、要約すればそんな概念がかれの行状から引き出される。これを拡大すれば鴎外の文章の上に内面から浸み出す徳の膏となり光となる。
 それから第二には非常にファナチックな行為を嫌つたこと。この語はもともと宗旨の熱狂に由来するものである。鴎外はその対境を表象するに或る創作の上では不動の目を以てした。狂信はどうにもかれの性根にあはない。まだしも過激思想の方が表面現実に即してゐただけに興味を牽いたであらう。このことは宗派といはず藝術といはず、超自然の信念を排して現実を択ばしめた大きな理由である。ただ科学だけが別扱ひにされてゐた。かれは医学に志し、外遊せしめられて衛生学を専攻してきた。立身のはじめから軍務に服する人であつた。顕微鏡や試…

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