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都喜姫
つきひめ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「蒲原有明論考」 明治書院
1965(昭和40)年3月5日
初出「新小説 第四年第七巻」1899(明治32)年6月
入力者広橋はやみ
校正者小林繁雄
公開 / 更新2011-01-27 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

つき姫とは仮に用ひし名なり、もとの事蹟悽愴むしろきくに忍びず、口碑によれば「やよがき姫」なり、領主が寵をうけしものから、他の嫉みを招くにいたり、事を構へて讒する者あり、姦婬の罪に行はる。身には片布をだに着くるを允さず馬上にして城下に曝す、牽きゆくこと数里、断崖の上より擲ちて死にいたらしむ、臭骸腐爛するに及ぶも白骨を収むる人なかりきといふ。その処わが郷里にあり、「やよがき落し」と呼ぶ古城の跡なれば更にものすさまじ。姫が幽魂を祀りし小龕今もなほ残れり。この歌の下の巻に、姫がはづかしき姿を憐むあまり布とりいでゝ恵みしものある、これ亦口碑に拠るこの時すでに姫の心狂じて、直にそを棄て去りしといふ、その蹟の規を逸するの嫌あるものから、かくはことわりおくのみ。



誉よはやく黄泉の人
兜の星よ光きえ
みだれておつる高き影
血しほに書きし家の名よ
やさけびきかず二百年
ひとり驕れる城の墻

見ればまぼろし夕日さす
雲の台か山の盾
河に橋断つかためさへ
誇るはかれにあらずして
銀屏かこむ室の花
酒かんばしき歌の海

よしや悲しき手弱女を
乗せゆく駒の爪の音
血を踏むばかりいたましき
ひゞき一度世に伝ふ
いかに栄華の勢も
今はたこれを鎮めえじ

悄々として往き悩み
躓く石に鳴る蹄
城下に牽きて罪人を
曝すもあはれ誰か見む
しづむは谷の雲独り
風いたむにも似たりけり

すがるも涙鬣に
くずをれ伏すか都喜姫が
姿いろある袖袂
一重もつひにゆるされず
つゝむとみしは練の絹
はだに日影の清きのみ

さばかり深きその罪の
名は嫉みある人のわざ
よしなし言を殿きゝて
きのふの寵は夢ひと夜
けふはかへりてはづかしめ
賜はる恨いかならむ

野に初恋や乙女子の
身をばけがれし玉の床
理ならぬ契には
をみなの操はやゆきぬ
死するやすしと思ふ姫
はぢも忘れつ馬の脊に

かくては龍のまどわしに
天女も黄泉に堕ちぬべき
つまづきてまた悲しげに
嘶く駒の声迷ふ
きけや巷に市の神
姫の心もうちそへて

矢倉に高き鯱のかげ
降魔の悪魚日を睨み
みはる眼に吹く毒霧
風に城下の塵ふかし
あはれ雲焚く火もこよひ
裂けて領主が罪を問へ



夏の夜星の泣く泪
氷りて冴ゆる峰の雪
夢まのあたり渡守
つまの媼も姫ひとめ
堤に駒をとめさせし
姿うつゝとわきまどふ

老の手すさびあやなくも
白布かけし機の前
たち切る丈よよし足らじ
あかきは情夕映ゆる
日も川上の秋の色
浮べて下す水のこゑ

闇かぎりなき迷より
みだれてめぐるつき姫の
おもひや胸の淵の上
心も底に沈みつゝ
はたかへりこぬこの別れ
わかき命のかげ悩む

あるはおさなき曙に
春の香醸す里の野べ
あるはとる手のます鏡
恋や優しき眉ねがき
けふ見かへせば耻と死
めぐらむ岸にたつ姫よ

媼がなさけ白布に
しめる涙は愁くとも
とてもこの世に繋ぐ身の
狂ふまどひのあら…

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