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声と食物
こえとしょくもつ
作品ID47109
著者宮城 道雄
文字遣い新字新仮名
底本 「心の調べ」 河出書房新社
2006(平成18)年8月30日
初出「垣隣り」1937(昭和12)年11月20日
入力者貝波明美
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-01-28 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 私の経験から歌についていうと、言葉と節とが調和する時と、しない時とがある。従って、外国の歌を日本語に訳した際に、訳され方によって、音と言葉とがあっていないような気がする。殊にオペラなどにおいて、そうした点に無理なところがあるのを感じるのである。そこへ行くと、長年聞き馴れた邦楽は言葉と節とがよくそぐうているような気がする。その最もよい例は義太夫であるが、ただ、現代の言葉と違うために、今の若い人にはその言葉や音の味わいが直ぐわかるかどうか――恐らくわからないことが多いと思う。
 義太夫は関西に生れたもので、総てが関西語である。これが東京の発音そのままで語られたら、一つの漫談のたねになることだろうと思う。
 現代は交通が便利になって、土地が狭まったようであり、そのため、その土地特有の民謡とか何々音頭とかが沢山出来ていても、純粋にその土地を踏んだことのない人が作ったりする。それはその土地の風景を歌に詠み込んで、一般の人に歌いよいように作曲しているので、別に地方色を現わすのが目的ではないから、それはそれとしてよいが、交通の不便な時代は隣り国といっても遠いことになるから、その土地だけの言葉やその土地の感じを写して自然に生れた民謡が多いので、その土地と曲とがしっくり合っている。
 また食物などによって、その国々の声が違うように思う。その訳は、私は長く朝鮮にいて妓生の声が非常にいい声だと思って聞いていたが、それは内地流にいえば、錆があるとでもいうか、声が少しかすれたような所があって、非常にいい声である。
 それは、朝鮮の人は唐辛子を非常に沢山食べる。副食物のうちで一番大切な漬物の中に必ず入れる。その上、気候が寒いので、オンドルで部屋を熱くして、唐辛子を食べて寒さを凌いでいる。従って辛いもので、咽喉を刺戟する所為か、声の中に空気の交ったような少しかすれた声が出る。その声がまた何ともいえぬ味があるのである。
 それと比較して、欧州人の歌うあの綺麗な声は、肉食をしているためであると思っている。それで、声楽家の三浦環女史は歌う前にはいつも、ビフテキを食べられるということを聞いた。また私の奉職している音楽学校で、観世流の家元とよくお目にかかることがあるが、観世氏は非常に大事なお能のある前には、ビフテキを二皿も三皿も平らげるということを聞いた。
 すべて、歌う前には動物性の油は咽喉によいが、植物性の油はよくない。テンプラなどを食べた後は声が出ない。或る義太夫語りは或る地方に行って、初日の日にテンプラを食べて出演したため声を悪くして、初日を滅茶々々にしたという話しがある。このテンプラの話しも唄う直ぐ前のことで、時間を経てば差し支えないと思う。
 また、私の経験によると、林檎のようなもの、レモンのような柑橘類の少し熟したものを食べると、声のよく出ることがある。それも人によって違うかも知れ…

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