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声と性格
こえとせいかく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「心の調べ」 河出書房新社
2006(平成18)年8月30日
初出「垣隣り」1937(昭和12)年11月20日
入力者貝波明美
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-01-28 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 私は盲人であるので、すべてのことを声で判断する。殊に婦人の美しさとか、若い乙女の純な心とかは、その声や言葉によって感じるわけである。従って、声が美しくて、発音が綺麗であると、話している間に、春の花の美しさとか、鳥の鳴き声をも想像する。
 それで、私はなるべく婦人の言葉は優しいことを希望する。あまり漢語などを沢山使わず、ごく平易な、女らしい言葉を用いて貰いたいと思うのである。近ごろは言葉も複雑になって、同じ婦人のうちにも、職業や境遇の相違によって、いろいろ話す言葉も違っているらしい。また年齢によってかなり違うように思う。同じ家庭でも官吏であるとか、実業家であるとか、その他各々の勤めによって、家庭で用いる婦人令嬢の言葉が違うように思われる。また同じ土地のうちでも、場所によって言葉の使い方が違っている。東京を例にとっていえば、山の手と下町とを比較すると、山の手の言葉はどことなく気品があっておちつきがあるが、下町の言葉は多少砕けたところがある。
 女学生の言葉には女学生特有のものがあるが、友達同志が打ちとけて話す場合の言葉はごく簡単で親しみがあり、しかも友情を表わしているものがある。例えば「どこそこに行ってよ」「何々してるわよ」とか、同じ返事をするのに「はい」とか「へい」とか言わずに、近ごろは「ええ」という返事をする。こういう言葉はざつのようであるが「よ」とか「ええ」とかいう言葉に、非常に親しみがこもっている。
 そうかと思うと、言葉の途中を略して、頭と仕舞の言葉をくっつけて言ってしまうのがある。それも中には、耳だけで聞いて可愛らしい感じのするのもあるが、しかしいくらスピード時代でも、言葉全部を言ったところで、そんなに時間はかからないのだから、やはりまともに言って貰った方が、聞いていて気持がよい。
 前にも一寸言ったが、年齢で言葉が違うように、同じ言葉でも年配の人が言って、似合うのと似合わないのとがある。学生の言葉を年輩の人が言ったら、聞いた感じが不似合いなものであろう。また、同じ婦人の中でも子供を持った人と、持たぬ人の言葉を聞いた感じは、どうしても相違があるようである。子供を持った人は、子供に対して情があるせいか、他人に対しても言葉に柔か味があるように思われる。これは一概に言えないが、持たぬ人の中には、同じ話をしていても、どこか言葉の途中に或る冷たさがある人もある。これが実子でなくても、自分の子供として教育した人は、実子を持った人と同様な結果になるわけで、親しみが持てるのである。
 婦人の丁寧であることは望ましいことであるが、中には非常に言葉数が多くて、先がわかっているのに、廻りくどく話す人がある。そういう人に対しては、聞いている途中で、早く止めて貰いたいと思うことがよくある。ところがそれと反対に、言葉数が少くて、婦人であるのに無愛想な人がある。殊にこの頃の若い…

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