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春雨
はるさめ
作品ID47115
著者宮城 道雄
文字遣い新字新仮名
底本 「心の調べ」 河出書房新社
2006(平成18)年8月30日
初出「古巣の梅」1949(昭和24)年10月5日
入力者貝波明美
校正者noriko saito
公開 / 更新2008-01-26 / 2014-09-21
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 家の者が、「座右寶」に梅原氏の絵が出ていると言うので、私はさわらせて貰った。さわってみても私に絵がわかる筈はないが、それでもやはりさわってみたい。いろいろと説明を聞きながらさわっている中に、子供の時に見た絵を想像した。
 子供の時に見た絵を思い出してみると、主に人物で、景色の絵などはかすかである。私の前にお膳があるとか、茶碗がのっているとか、火鉢があるということがわかると、みんな見えているように思うが、それが昔見た想像である。しかし、さわってみてもあまり見当は違っていない。
 月とか、花とか、景色なども、少し見えていた子供の時のことを、今ではかえって美しく想像する。
 よく人が、盲人は真暗のように思っているが、それは少しでも見えることで、私には暗いのも見えなくなっているので、結局、明るくもなく、暗くもなく、なんにもないことになる。
 こうして現実の光から遠ざかった私は、耳で聞いたり、手に触れたりする感覚によって、また見る世界を想像するのである。
 何時であったか、増上寺のお霊屋で、全国から集った婦人の髪の毛を、一本ずつ織りこんで浮きだしたようになっている極楽の絵をさわってみて、深く感じたことがあった。
 フランスのドビッシーは、日本の絵を見ていろいろ作曲されたといわれている。また昔、ある絵かきが、[#挿絵][#挿絵]の弾く箏の音色を、隣りの間で聞きながら、絵を描いたとかいう話を聞いた。私は耳できいて、絵のようなものを感じるのである。また私は仏像や、その他いろいろの物をさわって楽しむ。それが冬の寒い時など、細かなところをさわるのに、指先の感じがにぶるので、火にあぶったり、摩擦したりして、撫でるのであるが、それが暖かくなると、らくらく指先に感じる。
 嬉しいことには、今年も早や、春が訪れて、つい、二三日前から、家の庭に鶯が来て、しきりに囀っている。
 或る朝、私が眼を醒ますと、春雨のしとしと軒を打つ音が聞こえて、すぐ横の障子の外の方で、鶯の声が続けさまに聞こえた。あまりしきりなく聞こえるので、二匹が掛合に囀っているのかとも思った。
 私は、雨の音や、鶯の声に、春の朝ののどけさを感じて、寝床の中で、のんびりとした気持になりながら、思い出したのは、何時であったか内田百間氏が、私に鶯の声を聞かせたいというので、障子のはまった立派な箱を下げて来られた。
 夕食に一杯飲みながら、私がその箱をさぐっていると、[#挿絵][#挿絵]の書いたものを見ると、鶯のことは、あまりくわしくはなさそうであるから、一つ教えることにするといって、いろいろ話された。
 鶯の声には、上げ、中、下げというのがあって、上げは高く鳴き、中は中音、下げは落著いた静かな声である。鳴きはじめの「ホー」のひっぱり方にも、「ケキョ」の早さにも、いろいろ特徴のあることなど教えて貰った。また、谷わたりの節は、薮鶯が…

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