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重右衛門の最後
じゅうえもんのさいご
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「筑摩現代文学大系 6 国木田独歩 田山花袋集」 筑摩書房
1978(昭和53)年11月25日
入力者kompass
校正者伊藤時也
公開 / 更新2004-09-18 / 2014-09-18
長さの目安約 86 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一

 五六人集つたある席上で、何ういふ拍子か、ふと、魯西亜の小説家イ、エス、ツルゲネーフの作品に話が移つて、ルウヂンの末路や、バザロフの性格などに、いろ/\興味の多い批評が出た事があつたが、其時なにがしといふ男が急に席を進めて、「ツルゲネーフで思ひ出したが、僕は一度猟夫手記の中にでもありさうな人物に田舎で邂逅して、非常に心を動かした事があつた。それは本当に、我々がツルゲネーフの作品に見る魯西亜の農夫そのまゝで、自然の力と自然の姿とをあの位明かに見たことは、僕の貧しい経験には殆ど絶無と言つて好い。よく観察すれば、日本にも随分アントニイ、コルソフや、ニチルトッフ、ハーノブのやうな人間はあるのだ」と言つて話し出した。

     二

 まアずつと初めから話さう。自分が十六の時始めて東京に遊学に来た頃の事だから、もう余程古い話だが、其頃麹町の中六番町に速成学館といふ小さな私立学校があつた。英学、独逸学、数学、漢学、国学、何でも御座れの荒物屋で、重に陸軍士官学校、幼年学校の試験応募者の為めに必須の課目を授くるといふ、今でも好く神田、本郷辺の中通に見るまことにつまらぬ学校で、自分等が知つてから二年ばかり経つて、其学校は潰れて了ひ、跡には大審院の判事か何かが、その家を大修繕して、裕かに生活して居るのを見た。けれど其古風な門は依然たる昔の儘で、自分は小倉の古袴の短いのを着、肩を怒して、得々として其門に入つて行つたと思ふと、言ふに言はれぬ懐かしい心地がして、其時分のことが簇々と思ひ出されるのが例だ。で、何うして自分が其学校に通ふ事に為つたかと言ふと、夫は自分が陸軍志願であつたからで自分の兄は非常な不平家の処から、規則正しい学校などに入つて、二年も三年も懸つて修業するのなら誰にでも出来る、貴様は少くともそんな意気地の無い真似を為てはならぬ。何でも早く勉強して、来年にも幼年学校に入るやうにしなければ、一体男児の本分が立ぬではないか。と言つた風に油を懸けられたので、それで当時規則正しい、陸軍志願の学生には唯一の良校と言はれた市谷の成城学校にも入らずに、態々速成といふ名に惚れて、そのつまらぬ学校の生徒と為つたのであつた。今から思ふと、随分愚かな話ではあるが、自分はいくらか兄の東洋豪傑流の不平に感化されて居つたから、それを好い事と深く信じ、来年は必ず幼年学校に入らなければならぬと頻りに学問を励んで居た。
 忘れもせぬ、自分の其学校に行つて、頬に痣のある数学の教師に代数の初歩を学び始めて、まだ幾日も経ぬ頃に、新に入学して来た二人の学生があつた。一人は髪の毛の長い、色の白い、薄痘痕のある、背の高い男で、風采は何所となく田舎臭いところがあるが、其の柔和な眼色の中には何所となく人を引付ける不思議の力が籠つて居て、一見して、僕は少なからず気に入つた。一人はそれとは正反対に、背の低い…

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