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ディカーニカ近郷夜話 後篇
ディカーニカきんごうやわ こうへん
副題02 降誕祭の前夜
02 こうたんさいのぜんや
著者
翻訳者平井 肇
文字遣い新字旧仮名
底本 「ディカーニカ近郷夜話 後篇」 岩波文庫、岩波書店
1937(昭和12)年9月15日
入力者oterudon
校正者伊藤時也
公開 / 更新2009-09-28 / 2014-09-21
長さの目安約 107 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 降誕祭まへの最後の日が暮れた。冬の、よく澄みわたつた夜が来た。星はキラキラと、輝やきはじめ、月は、善男善女が楽しく★讚仰歌を流しまはつて基督を頌へることの出来るやうに、あまねく下界を照らすため、勿体らしく中空へと昇つた。寒気は朝よりもひとしほ厳しくなつたが、そのかはり、靴の下で軋む凍てた雪の音が半露里もさきまで聞えるほど物静かな夜である。まだ若い衆連の群れは民家の窓下へ姿を見せず、ただ月のみが、身支度に余念のない娘たちを一刻も早く、足もとで軋音を立てる雪の上へ駈け出させようと、誘惑するもののやうに、家々の窓をばそつと覗き込んでゐるだけであつた。ちやうどその時、一軒の民家の煙突から、一朶の煙がむくむくと吐き出されて、黒雲のやうに空へ棚引いたが、その煙といつしよに、箒に跨がつた妖女が宙空へたち昇つた。
★ わたしの地方では降誕祭の前夜に、家々の窓下で『カリャードカ』といふ歌をうたつて[#挿絵]るならはしがある、それを『讚仰歌流し』と呼んでゐる。その流しにやつて来た者に対して、各々の家の主婦なり主人なり、そのほか、誰でも家に居残つた者が、腸詰とか、麺麭とか、銅貨といつた、うちに沢山あるものを、袋の中へ投りこんでやる。なんでも昔、阿房のカリャーダといふ者があつて、人々から神様だと思はれてゐたさうで、この『カリャードカ』といふ言葉はそこから生まれたとのことだ。だが、誰がそんなことを知つてゐるものか。こちとら如き凡俗の彼是いふべき筋合ではない。
昨年、オーシップ神父は、悪魔の機嫌を取ることになるからと言つて、村々を流してまはることを禁止しようとした。だが、本当のことを言へば、讚仰歌の中にはそのカリャーダといふ人物のことは一言半句も詠み込まれてはをらぬ。よく唄はれるのは基督降誕の讚歌で、最後にその家の主人、主婦、子供など全家族の健康を寿ぎ祈つて歌を終るのである。(蜜蜂飼註)
 この時、もし、仔羊皮の縁をつけて鎗騎兵型に仕立てた帽子に、裏に黒い毛皮をつけた紺色の外套を著こんだソロチンツイの陪審官が、いつも馭者を追ひ立てるのに使ふ、おそろしく器用に編んだ革鞭を手にして地方の馬をつけた三頭だての橇に乗つて通りかかつたとしたら、まさしくその妖女を見つけたに違ひない、このソロチンツイの陪審官の眼を誤魔化すことの出来る妖女は広い世界にただの一人もゐない筈だから。彼はどの女の家では豚が幾匹仔を産んだとか、どの女の葛籠には麻布がどれだけ入つてゐるとか、また堅気な男が祭りに衣類なり家財なりの何品をいつたい酒場へ抵当に置いたとかいふことを、細大漏らさず知つてゐる。しかしソロチンツイの陪審官は通らなかつた。それに他所のことなど彼には用がなかつた――彼は自郡のことに忙殺されてゐたのだ。ところで、その間にも妖女はぐんぐん高く昇つて、今はただ一つの黒い小さな点となつて上空にチラホラ隠見してゐるだけ…

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