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黄金機会
おうごんきかい
作品ID47137
著者若松 賤子
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本児童文学大系 第二巻」 ほるぷ出版
1977(昭和52)年11月20日
初出「女学雑誌 通巻三四二号、三四四号、三四五号、三四八号」女学雑誌社、1893(明治26)年4月29日、5月13日、5月27日、7月28日
入力者広橋はやみ
校正者noriko saito
公開 / 更新2011-03-09 / 2014-09-21
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



私は二十になつた今日までの生涯にこれぞといつて人さまにお話し申す大事件もなく、父母の膝下に穏やかな年月を送つて参り升たが、併し子供心に刻みつけられて一生忘れられまいと思ふことが二ツ三ツ有り升。其中十一才の誕生日に有つた事[#挿絵]をお話し致しませう。私は子供の中から日課の本より戯作もの実録ものなど読むが好で、十一才の時分にはモウお袋の仕事する傍らに坐つてさま/″\貸本やの書物などや、父が読ふるしの雑誌なども好んで読み升た。読むものゝ中には解し悪い処は固より尠からず有升たから本を膝の上へ置て母に質問することが度々有つて、それでも分らぬ処は想像にたより、よく/\夢中で読む処もないでは有ませんでしたが、さういふ処は拠なく捨置いていつか分る時もあらうと茫然と迂遠な区域に止め置て、別段苦もいたしませんかつた。十一才の誕生の日には母の免しを得て一日学校を休み、例の通り少し斗りの祝をして貰らい升た。午の赤飯、煮しめも食べ終つて、午後は雨もよほしで外出も出来ませんかつたから雑誌のよみかけを読まうと母に相談し、さてある社会改革者の事業の一段に読み及ぼして、「此黄金機会を外さず」といふ一句へ来升と、書物を下へ置いて、母の顔を覗き、質問いたし升た。
おつかさん、黄金機会ツてなに?
大層好いをり、好都合の時といふことですよ。
では、なぜ黄金ていの?、金のをりなんて、なに?
母はニツコリ笑つて、それは西洋風の譬の言葉で、金といふものは大層貴い、稀れなものだから、其場合が貴くつて稀な機会だといふ代りに黄金といふ重宝な一字で間に合せるのだとおいひでした。
私は篤と母の説明を考へ合せ、かう申升た。
かあさま、其黄金機会ツていふ様なことはお金のたんとある人か、さうでなければ、昔しの人か、さうでなければ書物に書てある、マア日本で正成とか、西洋でワシントンとかいふ様な人にしかないかと思ひ升ネ。なんだかふだん見る本統の人や子供にはない様ですわ。
ナニ、俊子の様な子供に其黄金機会がないとおいひのか?おまへ一寸、さしあたりどんな黄金機会が入用なのですか、
私は今考へれば極く取止めなき子供らしい答へをいたし升た、
さうネ、こないだ雑誌で読んだ西洋の婦人みたいにどこか戦争のある処へ行つて怪我人の看病がして遣度いですわ、さうでなければ、ソラ日本の歴史にある橘姫みた様にお国に大切な人の身代りになり度の。アラ、それでも私が海へ跳び込んで見たつて、何の益にも立ないのネ。
さうですとも。何の益にもたちませんよ。
私はまた少し考へ、
それから、またそれが何か人の益にたつたつて、自分にはなんにも分りませんものネ、つまらないわ。死んじまふんだもの。
母はまた笑ひながら「さうとも」といひ升たから、余り馬鹿らしいこといふて恥しいとおもひ、出直てモソツト悧巧らしい考案を出しました。
かあさま、それはいけないとして、こんな…

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