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荒蕪地
こうぶち
作品ID47143
著者犬田 卯
文字遣い新字新仮名
底本 「犬田卯短編集二」 筑波書林
1982(昭和57)年2月15日
入力者林幸雄
校正者松永正敏
公開 / 更新2008-01-09 / 2014-09-21
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

「……アレは、つまり、言ってみれば、コウいうわけあいがあるンで……」
 戦地から来た忰の手紙に、思いきって、いままで忰へ話さずにいたことを余儀なく書き送ろうと、こたつ櫓の上に板片を載せ、忰が使い残して行った便箋に鉛筆ではじめたが、儀作は最初の意気込みにも拘らず、いよいよ本筋へかかろうとするところで、はたと行詰ってしまった。……あれをどんな風に説明したら、うまく、納得がゆくものであろうか。
 人手がなくて困るとか、肥料が不足でどうとか、かれこれ言われながらも、事変がはじまっていつか足かけ三年、二度目の収穫が片づく頃になると、心配していたほど、それほど米がとれなくもなかったし、人手不足もどうやら馴れっこになってしまった。事実、野良仕事など、やりよう一つでどうにでもなったし、肥料などに至っては、幾キロ施したから、それで幾キロの米の収穫があると決まっているものではなく、いくら過不足なく施したにせよ、その年の天候いかんによってはなんらの甲斐もないことさえあったのだ。
 それはなるほど思う存分に施して、これで安心というまでに手を尽して秋をまつにしくはない。しかしながらそれでも結局は例の運符天符……そこに落ちつくのが百姓の常道で、まず曲りなりにでも月日が過ごせれば、それで文句は言えなかった。
 家のことを心配して、時々小為替券の入った封書などをよこすのは、かえって百姓に経験の浅い忰の正吾の方だった。……あの借は払ったかとか、どれくらい米がとれたかとか、たといどんなに手ッ張ったにせよ、俺のかえるまで、作り田は決して減らすなとか、あの畑へは何と何を播けとか、そんなことまで細かに、よく忘れないでいたと思われるほどあれこれと書いてくるのだ。黙っていると何回でも、返事をきくまでは繰返して書いてくるので、儀作の方で参ってしまい、前後の考えもなく、洗いざらい、そのやりくり算段を報告した。
 ところでそこに問題が孕んでいたのだった。それと言うのは、事変二年目の決算についてだが、忰の思うとおりにはどうしても行きかねたのである。しかもそのことを正直に書いてしまったものだから、早速、忰から「なんでソノ古谷さんの方だけ出来なかったのか、やろうと思えばやれたのではなかったか。それに俺としては、そんな大口のやつがあるとは実は知らなかった……」と詰られる結果に陥ってしまった。儀作は、それを弁解かたがたふかい理由を書き送ろうと、鉛筆の芯をなめていたのである。実際、それは彼にとって深い、いや、それ以上に、解りにくい問題だった。
「アノ金は、ナルホドお前には、これまで、きかせずに置いたが……アレは、その、関東大震災のときだったから、コトシで……」
 ようやくのことでそんな風にはじめたものの、再び彼は、鉛筆の尖を半白のいが粟頭へ突き差すように持って行ってごしごしやり出した。どうもやはり駄目だ。…

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