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橋の上
はしのうえ
作品ID47147
著者犬田 卯
文字遣い新字新仮名
底本 「犬田卯短編集 一」 筑波書林
1982(昭和57)年2月15日
入力者林幸雄
校正者松永正敏
公開 / 更新2008-01-09 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     一

「渡れ圭太!」
「早く渡るんだ、臆病奴!」
 K川に架けられた長い橋――半ば朽ちてぐらぐらするその欄干を、圭太は渡らせられようとしていた。――
 橋は百メートルは優にあった。荷馬車やトラックや、乗合自動車などの往来のはげしいために、ところどころ穴さえ開き、洪水でもやって来れば、ひとたまりもなく流失しそうだった。
 学校通いの腕白どもは、しかしかえってそれを面白がった。張られた板金が取れて、今にも外れそうになっている欄干へ、猿のように飛び乗り、ぐらぐらとわざと揺すぶったり、ちびた下駄ばきで、端から端までその上を駈けて渡ったりした。
 たいがいの腕白ども――否、一人残らず彼らは手放しなんかで巧みに渡った。渡れないのは圭太一人くらいのものだった。
 三年四年の鼻たれでさえ渡るのに! しかも高等二年生の、もう若衆になりかかった圭太に渡れない!
 これは悲惨な滑稽事でなければならなかった。
 第一、餓鬼大将の三郎(通称さぶちゃん)の気に入らなかった。彼は権威をけがされたようにさえ思った。
 もっとも、圭太はさぶちゃんの配下ではなかった。誰の配下にも属せず、一人、仲間はずれの位置に立っている彼だった。
 というのは、さぶちゃんの腕力が怖いばかりに、誰も彼もさぶちゃんの好きそうなもの――メダルだとか、小形の活動本だとか、等々を彼に与えて、彼の機嫌を取り、その庇護の下に小さい自負心を満足させようとあせったのに、圭太には、それが出来なかった。長らく父が病みついている上に、貧しい彼の家は、碌々彼を学校へよこすことも出来ないのだった。
 さぶちゃんの家は村の素封家だった。K川に添った田や畑の大部分を一人占めにしているほどの物持ちで、さぶちゃんはその村田家の次男だった。三年ほど、脳の病とかで遅く入学して、ようやく高等二年生になるはなったが、算術などは尋常程度のものでさえ碌に出来なかった。
 彼の得意とするところは、自分より弱いものを苛めることにあった。すでに「声がわり」のした、腕力といい、体格といい、すっかり若衆の彼に敵対するものは生徒中には一人もなかった。師範を出て来たばかりの若い先生でさえ、さぶちゃんに対しては一目おかなければならなかった。
 勿論、それは彼の家柄が物をいう故でもあったが、海軍ナイフを振り廻すくらい何とも思っていないさぶちゃんへの気おくれもあったのだ。
 さぶちゃんは村の子供達の総大将となって学校への往復を独裁していた。ある時は隣村の生徒達を橋上に要撃し、ある時は女生徒の一群を襲って、その中の、娘になりかかった何人かの袴の裾をまくった。
 彼は年中誰かをいじめていなければ気がおさまらぬらしかった。圭太は、姿を見せさえすれば苛められた。ことに橋の欄干を渡れと何回か言われて、決して渡ったことのなかったのが、さぶちゃんへ当面の問題を提供していたのだった…

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