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「ほ」・「うら」から「ほがひ」へ
「ほ」・「うら」から「ほがい」へ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 4」 中央公論社
1995(平成7)年5月10日
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2009-12-20 / 2014-09-21
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

ほぐ[#「ほぐ」は罫囲み]・ほがふ[#「ほがふ」は罫囲み]など言ふ語は、我々の国の文献時代には、既に固定して居たものであつた。だから、当時の用例を集めて、其等に通じた意味を引き出して見たところで、其は固定し変化しきつた不完全な表現を持つたものばかりである。其等の用例に見えた若干づゝの違ひが、段々原義に糶りつめて行くやうである。
「志ゞま」を守る神の意向は、唯「ほ」によつて表される。その上一旦、「志ゞま」の破れた世になつても、「ほ」を以て示す事の屡あることは、前に述べた。
我が文学なる和歌に、「ほ[#「ほ」に傍点、罫囲み]に出づ」「ほ[#「ほ」に傍点、罫囲み]にあらはる」「ほ[#「ほ」に傍点、罫囲み]にあぐ」など言ふ歌詞が、限りなく繰り返されてゐて、その根本の意義はいまだに漠としてゐる。必学者は秀や穂を以て解決出来た様なふりで居る。併し、ほぐ[#「ほぐ」は罫囲み]と言ふ語の語原を説いた後に思ひあはせれば、今までの理会は妙なものであつた事に心づく事と思ふ。「ほにあぐ」の方は帆に懸けてゐる類のもあるが、大抵は皆忍ぶる恋の顔色に出る・外側にうち出すと言つた意味に使うてゐる。
だが、其では説ききれぬ例がある。古い処では、
はだすゝきほに出る我や尾田のあかたふしの淡の郡にいます神あり(神功紀)
新しいものでは、
草深き野中の森のつまやしろ。此や、はだすゝきほにいづる神(夫木和歌集、巻十六)
此例などは外面に現れるとばかりで説けきれぬものである。ほにいづと言ふ語に必忘れられた変遷のある事を暗示してゐるのである。
後代の人々の考へに能はぬ事は、神が忽然幽界から物を人間の前に表す事である。播磨風土記逸文ににほつひめの命が、自分を祀つたら善き験を出さうと言うて、「ひゝらぎの八尋桙ね底つかぬ国。をとめの眉ひきの国。たまくしげ輝く国。こもまくら宝ある白衾(?)新羅の国を、丹波以て平け給ひ伏へ給はむ。」とかうした文句で諭へて、赤土を出されて……と言つた風の伝へがある。勿論此赤土を呪術に用ゐる為に出されたものと解して、桙・舟・戎衣等に塗り、其上海水を赤く攪き濁して行つたら、舟を遮ぎるものはなからうと託宣のあつた様に説いてゐる。けれども此「善き験を出さむ」と言ふのは、古意を以て説けば赤土を出された事である。其を当時誤解したものと見ることが出来る。更に後世風の解釈は伴うてゐるが、神武天皇熊野入りの条に見える高倉下の倉の屋根から落し込まれた高天个原からの横刀なども、此例である。たけみかづちの命の喩しの言が合理的になつてゐるが、神の「ほ」としての横刀を見て、天神の意思を知つたのである。此外にも大刀を「ほ」として表した神の伝へはある。
中臣寿詞によると、あめの―おしくもねの命が、かむろぎ・かむろみの命に天つ水を請ふと、天の玉串を与へられて、「之をさし立てゝ、夕日から朝日の照るまで、天つのりとの太…

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