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詩語としての日本語
しごとしてのにほんご
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 12」 中央公論社
1996(平成8)年3月25日
初出「現代詩講座 第二巻」1950(昭和25)年5月
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2008-09-03 / 2014-09-21
長さの目安約 27 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

    酩酊船
さてわれらこの日より星を注ぎて乳汁色の
海原の詩に浴しつゝ緑なす瑠璃を啖ひ行けば
こゝ吃水線は恍惚として蒼ぐもり
折から水死人のたゞ一人想ひに沈み降り行く

見よその蒼色忽然として色を染め
金紅色の日の下にわれを忘れし揺蕩は
酒精よりもなほ強く汝が立琴も歌ひえぬ
愛執の苦き赤痣を醸すなり
アルチュル・ランボオ
小林秀雄

この援用文は、幸福な美しい引例として、短い私の論文の最初にかゝげるのである。この幸福な引証すら、不幸な一面を以て触れて来るといふことは、自余の数千百篇の泰西詩が、われ/\にかういふ風にしか受け取られてゐないのだといふことを示す、最もふさはしい証拠になつてくれてゐる。象徴派の詩篇の、国語に訳出せられたものは、実に夥しい数である。だが凡、こんな風にわれ/\の理会力を逆立て、穿り考へて見ても結局、到底わからない、と溜息を吐かせるに過ぎない。かう言ふ経験を正直に告白したい人は、ずゐぶん多いのではないかと思ふのである。
小林秀雄さんの飜訳技術がこれ程に発揮せられてゐながら、それでゐて、原詩の、幻想と現実とが併行し、語の翳と暈との相かさなり靡きあふ趣きが、言下に心深く沁み入つて行くと言ふわけにはいかない。此は唯この詩の場合に限つたことではなく、凡象徴派の詩である以上は、誰の作品、誰の訳詩を見ても、もつと難解であり、晦渋であるのが、普通なのである。さう言ふことのあつた度に、早合点で謙遜なわれ/\は、理会に煉熟してゐない自分を恥ぢて来たものだ。併し其は、私たちの罪でもなく、又多くの場合、訳述者の咎でもないことが、段々わかつて来た。それは国語と国語とが違ひ、又国語と国語とにしみこんでゐる表現の習慣の違ひから来てゐる。日本の国語に飜し後づけて行つた詩のことばことばが、らんぼおやぼおどれいるや、さう謂つた人の育つて来、又人々の特殊化して行つたそれ/″\の国語の陰影を吸収して行かないのである。
われ/\の友人の多くは、外国の象徴詩を国語に飜訳したその瞬間、自分たちの予期せなかつた訳文の、目の前に展つてゐるのを見て、驚いたことであらう。その人が原作に忠実な詩人であればある程、訳詩がちつとも、もとの姿をうつしてゐないことに悲観したことが察しられる。それほど日本語は、象徴詩人の欲するやうな隈々を持つてゐないのである。単に象徴性能のある言語や、詞章を求めれば、日本古代の豊富な律文集のうちから探り出すことはさう困難なことではない。だが、所謂象徴詩人の象徴詩に現れた言語の、厳格な意味における象徴性と言ふものは、実際蒲原有明さんの象徴詩の試作の示されるまでは、夢想もしなかつたことだつた。私はまだ覚えてゐる。さうした、氏の何番目かの作物に、「朝なり、やがて濁り川……」(後、「朝なり、やがて川筋は……」と言ふ風に改つたと覚えてゐる)をもつて始まる短篇の発表のあつた時…

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