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日本文学の発生
にほんぶんがくのはっせい
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 4」 中央公論社
1995(平成7)年5月10日
初出「日本文学講座 第一巻」改造社、1933(昭和8)年10月
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2009-09-14 / 2014-09-21
長さの目安約 35 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

私は、日本文学の発生について、既に屡[#挿絵]書いて居る。その都度、幾分違つた方面から、筆をおろしてゐるのだが、どうも、千篇一律になつて居さうなひけ目を感じる。此稿においては、もつと方面を変へて、邑落の形と、その経済の基礎になつて行くものが、文学の上に、幾分でも姿を見せてゐようと言ふ様な方面に、多少目を向けて行きたく考へる。
日本における文学発生――必しも、我が国に限らぬことだが――は尠くとも、文学意識の発生よりは、先つてゐる事は、事実だ。つまり、文学の要求が、文学を導いたのでなく、後来文学としてとり扱はれてよいものが、早くから用意せられてゐて、次第に目的と形態とを変化させつゝも、新しい文学意識を発生させる方に、進んで来てゐたのだ。其と共に、新しい文学が、他から来り臨んだ時の為に、実際その要求に叶ふものとしての文学が、既に用意せられて居たことになるのである。
私は、此文学の発足点を、邑落々々に伝承せられた呪詞に在る、と見て来てゐる。

      日本文学の発生

最古い団体生活の様式であつた邑落が、海岸に開けて、其が次第に、山野の間に進み入つて行つたことは、事実である。さうした後の邑落或は国・村においても、やはり以前の時代の生活の形が、其相応に適当な様に、合理化せられて行つたことは、明らかであつた。第一、海及び海の彼方の国土に対する信仰は、すべて、はる/″\と続く青空、及びその天に接する山の際の嶺に飜して考へられて行く様になつた。随つて、此二つの邑落生活の印象が、混淆せられて、後世まで伝つて来たことは、考へられるのだ。
日本文学の、文学らしい匂ひを持つて来るのは、叙事詩が出来てからの事である。其叙事詩は、初めから、単独には現れて来なかつた。邑落に伝つた呪詞の、変化して来たものだつたのである。而もその呪詞は、此土に生れ出たものとは、古代においては、考へられては居なかつた。即、古代人の所謂海阪の、彼方にあるとした常世の国から齎されたもの、と考へたのである。一年或は数年の間に、週期的に時を定めて来る異人――神――の唱へた詞章なのである。其が、此世界――邑落の在る処に伝へ残されたと考へ、その伝襲をくり返してゐる中に、形式も固定に次いで、変化を重ね/\して、遂には、叙事詩らしい形に、傾く様になつたのである。
私はこの呪詞の中に、二つの区画を考へてゐる。一つは、呪詞の固有の形を守るもので、仮りに分ければ、「宣詞」即、第一義における「のりと」である。神又は長上から宣り下す詞章である。その詞を受ける者の側に、これに和する詞章が出来るのは、自然な事である。謂はゞ「奏詞」、古語に存する称へを用ゐれば、「よごと」である。而も、文献時代に入つては、早くよごとと言ふ語の用語例が訣らなくなつて了ひ、後世学者は、祝詞の古いものと思ふ様にさへなつて居る。其といふのも、のりとなる名称の範囲…

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