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副詞表情の発生
ふくしひょうじょうのはっせい
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「折口信夫全集 12」 中央公論社
1996(平成8)年3月25日
初出「国文学論究」1934(昭和9)年7月
入力者門田裕志
校正者仙酔ゑびす
公開 / 更新2008-12-19 / 2014-09-21
長さの目安約 29 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一
       ――けなばけぬかに

道に逢ひてゑますがからに、零雪乃消者消香二恋云わぎも(万葉巻四)
……まつろはず立ち対ひしも、露霜之消者消倍久、ゆく鳥のあらそふはしに、(同巻二)
一云ふ、朝露之消者消言(香かと云ふ)爾うつそみとあらそふはしに
私は、今の場合、「けなばけぬかに」を主題としようとするのではない。だが、一つの前提として、此から解説して置かねばならぬ気がする。此は、霜・雪を以て序歌としてゐる。露を以てするものも、あつたのである。言ふまでもないが、万葉集にある例は、極めて倖にして残つたものであつて、この外に幾万倍の実際作例があつたに違ひない。所謂「文法」において扱ふ所の、除外例なるものが、当時に却て通例だつたかも知れない。譬へば、「けなばけぬかに」などにおいて、殊にそんな心構へを持たねばならぬといふ心持ちがするのである。其と今一つは、此「かに」系統の発想法は、散文には見出し難い事ではなかつたかと言ふ事である。律語が文章の主要形式であつた時代だから、未完成であつた散文体に、此一類の類型を持ち込むまでには、まだ到つて居なかつたのかも知れない。
わが宿の夕影草の「白露之消蟹」もとな思ほゆるかも(万葉巻四)
秋づけば、尾花が上に「置露乃応消毛」吾は思ほゆるかも(同巻八)
……心はよりて「朝露之消者可消」恋ふらくも 著くもあへる隠りづまかも(同巻十三)
「べく」の例ではあるが、大体において同型であることは、言ふを俟たない。その上に言つてよい事は、全体として、「かに」よりは、「べく」の方が、近代的な感触を持たせた発想法であり、文法でもあつたと言ふ点である。それが更に、端的に「けぬべく」を固定して行つたらしいものに多く見ることが出来る。
「べく」を以てした万葉に現存する例では、「露」と「雪」とが、数を争ふ程、人気のあつた事を示してゐる。さうして、我々が最妥当性を感じる霜においては、却て尠くなつて来て居る。だが、当時実際の歌謡界において、さうであつたと言ふ訣には行かないと考へる。
「失す」「過ぐ」或は「立つ」などを起すのが慣用である所の、霧に用ゐられたものすらある。
思ひ出づる時は すべなみ、佐保山に「立雨霧乃応消」思ほゆ(同巻十二)
此は、類型の一転であらう。
かう言ふ風に、天象の中、降りながらふ物に自由に移つて行くのは、慣用と頓才的飛躍がさうさせるのである。枕詞の内包が性質を換へて行くのと、同じ行き方に過ぎない。
これほど、「消ゆ」と言ふ、銷沈、煩悶或は悶死を意味する語と関係深く、又其と聯結する事によつて、一つの慣用句を形づくるのに満足した所の、古代人の心を考へる必要がある。
だが天象と、「けぬかに」「けぬべく」との間の交渉を言ひ続けてゐることから、幾分の喰み出しが出来るやうになつて来た。
譬へばまづ、「露」と「消ぬ」との関係から見ても訣る。こ…

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