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ムツェンスク郡のマクベス夫人
ムツェンスクぐんのマクベスふじん
著者
翻訳者神西 清
文字遣い新字新仮名
底本 「真珠の首飾り 他二篇」 岩波文庫、岩波書店
1951(昭和26)年2月10日
入力者oterudon
校正者伊藤時也
公開 / 更新2009-08-09 / 2014-09-21
長さの目安約 121 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

毒くわば皿
  ――ことわざ――
[#改ページ]

      [#挿絵]

 ひょっくり出会ったその時から、たとえ長の年つきが流れたにしても、思いだすたんびに鳩尾のへんがドキリとせずにはいられないような――そんな人物に、われわれの地方では時たまお目にかかることがある。商人の妻女のカテリーナ・リヴォーヴナ・イズマイロヴァも、まさしくそうした人物の一人だ。これは、いつぞや怖るべき惨劇をもちあげて、それからこっち土地の貴族連中から、誰やらの減らず口をそのままに、ムツェンスク郡のマクベス夫人と呼びならわされている女である。
 カテリーナ・リヴォーヴナは、いわゆる美人じゃなかったけれど、見た目の感じのじつにいい女だった。まだ二十四の誕生日には手のとどかぬ年頃で、小柄ながらもすらりと伸びのいい、まるできれいに磨きあげた大理石のような頸すじをした、肩つきのむっちりとまあるい、胸のふくらみのきりりとしまった、薄手の鼻すじのよくとおった、黒い眼のくりくりした、抜け出るように色白な秀でた額つきをした、おまけにもう一つ、漆黒の――いやそれこそ翠の黒髪とでも言いたいような髪の毛をした、――ざっとまあそうした女である。
 クールスク県のトゥスカリという所から、この土地の商人イズマイロフのところへ貰われて来たのだったが、べつにこの男に惚れたわけでも、何かほかに見どころがあったわけでもなかった。ただイズマイロフが貰いたいと言うから、嫁に来たまでのことで、なにぶん貧乏人の娘であってみれば、婿がねの選り好みをするわけにも行かなかったのである。イズマイロフの店といえば、われわれの町でもまず中どころで、極上のメリケン粉を商ない、郡部にある大きな製粉所を一つ賃貸しにしてその手に握り、なおその上に郊外にはなかなか実入りのいい果物ばたけもある、市内には立派な貸家の一つもある、といった身上だった。商家としてはまずもって裕福な方である。おまけに家族が至って小人数で。舅のボリース・チモフェーイチ・イズマイロフはもう八十ちかい老人、だいぶ前からやもめになっている。息子のジノーヴィー・ボリースィチは、つまりカテリーナ・リヴォーヴナの亭主で、これまた五十を越した年配。それに当のカテリーナ・リヴォーヴナと、たったこの三人だけである。ジノーヴィー・ボリースィチに嫁いでそろそろ五年になるが、カテリーナ・リヴォーヴナには子供がなかった。ジノーヴィー・ボリースィチも、はじめの細君と二十年ほど連れ添ったあげくに、やもめになってカテリーナ・リヴォーヴナを迎えた次第だったが、やっぱり子供がなかった。せめて後添いからでも、屋号と資本の跡をとる子を授かれることだろうと、彼は考えもし期待もしたのだったが、カテリーナ・リヴォーヴナとのあいだにもやはり、子宝は授からなかったのである。
 子供のないということが、ジノーヴィー・ボリースィチ…

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