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ランボオ詩集≪学校時代の詩≫
ランボオししゅう≪がっこうじだいのし≫
著者
翻訳者中原 中也
文字遣い新字旧仮名
底本 「中原中也全訳詩集」 講談社文芸文庫、講談社
1990(平成2)年 9月10日
初出「アルチユル・ランボオ・詩集 学校時代の詩」三笠書房、1933(昭和8)年12月10日
入力者オーシャンズ3
校正者L.P.S.
公開 / 更新2009-04-29 / 2014-09-21
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 1 Ver erat


春であつた、オルビリウスは羅馬で病ひに苦しんでゐた
彼は身動きも出来なかつた、無情な教師、彼の剣術は中止されてゐた
その打合ひの音は、我が耳を聾さなかつた
木刀は、打続く痛みを以つて我が四肢をいためることをやめてゐた。
機もよし、私は和やかな田園に赴つた
全てを忘じ……転地と懸念のなさとで
柔らかい欣びは研究に倦んじた我が精神を休めるのであつた。
云ふべからざる満足に充たされ、我が心は無味乾燥の学校を忘れ、彼、教師の魅力なき学課を忘れ、私ははるかな野面を見遣り、春の大地のおもしろき、幻術を観るに余念なかつた。
子供の私は、かの田園の逍遥なぞと、洒落ることこそなかつたけれど
小さな我が心臓は、いと気高き渇望に膨らむでゐた
如何なる聖霊が我が昂ぶれる五感にまで
翼を与へたか私は知らぬが、押黙つた歎賞を以て
我が眼は諸々の光景を打眺め、我が胸の裡に
やさしき田園への愛惜は忍び入るのであつた。マニ※[#小書き片仮名ヱ、10-4]ジイの磁石が或る見えざる力に因つて、音もなくありともわかぬ鉤もて寄する、かの鉄環の如くであつた。

それにしても私の四肢は、我が浮浪の幾歳月に衰へてゐたので、
私は緑色なす川の岸辺に身をば横たへ、
たをやけきそが呟きのまにまにまどろみ、怠惰のかぎりに
鳥らの楽音、風神の息吹きに揺られてゐた。
さて雌鳩らは谷間の空に飛びかよひ
そが白き群は、シイプルの園に、ヴェニュスが摘みし
薫れりし花の冠を咬へてゐた。
雌鳩らは、静かに飛んで、我が寝そべつてゐる
芝生の方までやつて来て、私のまはりに羽搏いて
私の頭を取囲み、我が双の手を
草花の鎖で以て縛めた。又、顳[#挿絵]を
薫り佳き桃金嬢もて飾り付け、さて軽々と私を空に連れ去つた
彼女らは雲々の間を抜けて、薔薇の葉に
仮睡みゐたりし私を運び、風神は、
そが息吹きもてゆるやかに、我がささやかな寝台をあやした。
鳩ら生れの棲家に到るや
即ち迅き飛翔もて、高山に懸かるそが宮殿に入るとみるや、
彼女ら私を打棄てて、目覚めた私を置きざりにした。
おお、小鳥らのやさしい塒!……目を射る光は
我が肩のめぐりにひろごり、我が総身はそが聖い光で以て纏はれた。
その光といふのは、影をまじへ、我らが瞳を曇らする
そのやうな光とは凡そ異ひ、
その清冽な原質は此の世のものではなかつたのだ。
天界の、それがなにかはしらないが或る神明が、
私の胸に充ちて来て大浪のやうにただようた。

やがて鳩らはまたやつて来た、嘴々に
調べ佳き合唱を、指もて指揮するを喜んだ
アポロンのそれに似た、月桂樹編んで造れる冠携へ。
さて鳩らそを我が額に被けるとみるや
空は展かれ、めくるめく我が眼には、
フ※[#小書き片仮名ヱ、12-5]ビュス親しく雲の上、黄金の雲の上、飛び翔けり舞ふが見られた。
フ※[#小書き片仮名ヱ、12-6…

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