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青いポアン
あおいポアン
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本幻想文学集成19 神西清」 国書刊行会
1993(平成5)年5月20日
初出「作品」1930(昭和5)年12月
入力者門田裕志
校正者Juki、小林繁雄、川山隆
公開 / 更新2008-01-18 / 2014-09-21
長さの目安約 34 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     第一部

 明子は学校でポアンといふ綽名で通つてゐた。ポアンは点だ、また刺痛だ。同時にそれが、ポアント(尖、鋭い尖)も含めて表はしてゐることが学校仲間に黙契されてゐた。特に彼女の場合、それは青いポアンであつた。
 明子はポアンといふ名に自分の姿が彫り込まれてゐるのに同感した。のみならず、この綽名を発見した或る上級生に畏怖に似た感情を抱かずには居られなかつた。同時に敵手ともして。
 ――あの子は硬い一つのポアンよ。
 その上級生が或るとき蒼ざめて学友に言つた。そして色については次の様に言ひ足した。
 ――しかも青いポアンだわ。
 学友たちはどうしてこの少女が蒼ざめたのか知らなかつた。しかしこの奇妙な綽名は鋭敏な嗅覚の少女たちの間にすばやく拡つて行つた。この符牒の裏にポアント――鋭い尖、の意味を了解したのも彼等独特の鋭い感応がさせる業にほかならなかつた。
 その郊外の日当りのいい学園には沢山の少女たちが、自らの神経によつてひなひなと瘠せ細りながら咲いてゐた。彼らの触手が学園のあらゆる日だまりに青い電波のやうに顫へてゐた。その少女たちが蕁麻の明子をどうして嗅ぎつけずにゐよう。彼女らの或る者は嗅ぎつけない前に、この蕁麻に皮膚を破られて痛々しく貧血質の血を流した。
 明子は畸形的に早い年齢に或る中年の男と肉体的経験を有つてゐた。彼女自身にとつては全く性的衝動なしに為し遂げられたこの偶発事件は、彼女を肉体的にではなしに、精神的にのみ刺戟したかの様であつた。混血の少女たちによく見られる蒼ざめた痿黄病的な症状が彼女を苦しめはじめた。とぎ澄された彼女の神経は容赦なく彼女自身のうちに他の少女たちと異つた要素や境遇を露はにした。神経は残酷なやり方で生理を堰きとめてしまつた。少女たちが瘠せ細りながらも神経がやや脂肪づき、兎に角卯薔薇ほどの花になつて咲く年齢になつても、明子だけは依然色を失くした蕁麻として残つた。これには更に一つの理由として、彼女の心臓の弱さを附け加へることが出来る。
 この不思議な退化をなしつつある少女は一つの稀な才能を示すやうに見えた。それは彼女の素描にあらはれる特殊な線の感じに於て。素描の時間に助手の仕事をつとめることになつてゐた或る上級生が、明子のこの才能を愛した。彼女は明子を画家伊曾に紹介した。伊曾にとつてその上級生は画の弟子であり、また情婦たちの一人でもあつた。
 結果は思ひがけなかつた。伊曾を中心とする事件に於て、その上級生は明子のため硬度のより高い宝石と一緒の袋で遠い路を運ばれた黄玉のやうに散々に傷いた。その挙句、明子はこの上級生を棄てた。
 青いポアンといふ綽名がこの少女の口から漏れ、一群の少女たちの間に拡つたのはそれから間もないことだつた。その上級生の名は劉子といつた。
 伊曾は実にさまざまの女を知つてゐた。女たちが彼の庭の向日葵のやうに…

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