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ハビアン説法
ハビアンせっぽう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本幻想文学集成19 神西清」 国書刊行会
1993(平成5)年5月20日
初出「朝日評論」1950(昭和25)年1月
入力者門田裕志
校正者Juki、小林繁雄、川山隆
公開 / 更新2008-01-15 / 2014-09-21
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 昨日はよつぽど妙な日だつた。日曜のくせにカラリと晴れた。これが第一をかしい。無精な私が散歩に出る気になつた。これも妙だ。北条の腹切り窟の石塔を、今のうちに撮影しておかうなどと、殊勝な心掛をおこした。これが第三にをかしい。おまけにまた……いや、順を追つて話すとしよう。
 とにかく、カメラをぶらさげて家を出た。Nといふ小川を渡る。そこから爪先あがりになつて、やがて細い坂道にかかる。その坂道が、いつの間にやら、真新しいアスファルトに変つてゐた。
 登りつめると、水色の高級車が一台とまつてゐて、その先にいきなり、思ひもかけぬ別天地がひらけた。
 広びろした庭の小砂利をふんで、セーラー服や吊スカートの少女たちが、三々五々つつましやかに歩き廻つてゐる。ははあ、園遊会だな、と咄嗟に思つたのは吾ながら迂闊千万で、正面の数寄屋づくりの堂々たる一棟は、なんと大きな十字架を、藁屋根の上にそびえさせてゐるではないか。詳しく言ふと、藁屋根のてつぺんに白木の櫓を組みあげ、その中に鐘を釣り、その頂きに何やら黒ずんだ十字架を立ててゐるのだ。面白い趣向である。まさしくこれは南蛮寺だと、例の悪い癖で早速あだ名をつけた。
 折しもドミンゴ(日曜)のこととて、会堂の戸障子はあけ放たれ、屋内に立ち居する信徒の姿が見える。黒いアビト姿のバテレン神父もちらちらする。オラショ(祈祷)は既に果てたと見え、ちらほら帰る人もある。
 道をへだてたこちら側は清浄な運動場で、そこでは青年男女が、ハンドボールに興じてゐる。ピカピカなニュー・ルックの自転車の稽古をする者もある。
 私はさうした光景を見て、この分ではひよつとすると、めざす窟なんぞはとうに埋立てられ、石塔は敷石にでもなつて居はすまいかと心配になり、大急ぎで上へ登つた。幸ひにして、窟も石塔もツツガなく、稲束の置場に利用されてゐた。日の傾かぬうちにと、石塔に打掛けられた稲束を取りのけ、二三のアングルからカメラに収めたが、さてそこで窟のほとりに佇んで、改めてエケレジヤ(教会)の壮観に眺め入つたのである。
 元来この台地一帯は、北条氏の菩提寺だつた東勝寺の旧跡で、且つその一門滅亡の地でもある。太平記を按ずるに、義貞のため一敗地にまみれ、この寺を枕に割腹焼亡した一族主従は、相模入道高時を頭に総べて八百七十余人、「血は流れて大地に溢れ、満々として洪河の如く」だつたといふ。その地が今化してエケレジヤとなり、信徒が群れ、ガラサ(聖寵)は降り、朝夕アンゼラスの鐘が鳴る。世事茫々とはこの事だらうか。
 もつとも、不浄の地を転じて浄福の地に化することは、古今東西その例に乏しくないやうだ。現にこのK市にも極楽寺があつて、古老の言によると、その地は往昔の刑場であり、古く地獄谷の称があつたといふ。であるから私が無限の感慨をそそられるのは、寧ろそのことではなくて、現に私がその前に立つ…

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