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若き日の思い出
わかきひのおもいで
作品ID47236
著者牧野 富太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の名随筆 別巻34 蒐集」 作品社
1993(平成5)年12月25日
入力者門田裕志
校正者多羅尾伴内、川山隆
公開 / 更新2008-01-11 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

    一、雨の深山で採集

 私は自分の学問に対してあまり苦労したことはなかった。今日まで何十年にわたる長い年月の間実に愉快に学問を続けてきて、ついに今日に及んだのであるが、平素その学問を特に勉強したようにも感じていないのは不思議である。
 これは結局生まれつき植物が好きであったため、その学問があえて私に苦痛を与えなかったのであろう。
 私は少年時代からたえず山野に出て植物を採集した。それが今日もなおやはり続いてその採集がとてもたのしい。
 今から七十余年前、明治十三年の夏、私が十九歳の時、友人と二人で土予の国境近くにそびえる四国第一の高山、石槌山に採集に出かけた。まだその時分は洋服などなく日本着物であった。まず郷里佐川町の宅を出て数里先の黒森を越え、池川村で国境近くの山奥椿山の農家でとまった。それから国境の深山を通じる山道にさしかかるのだが、あいにく雨天であったため傘なしのずぶぬれで、遂に雨の石槌山にたどりつき、その絶頂に登った。さてそれからその山腹下の山村、黒川村でとまり、はじめてジャガイモを味わった。これは古くから同地でつくられてあったものでカウバウイモといっており形の小さい薯であった。翌日また雨をついて帰途についたが、山中で日が暮れ、人里遠き深林の中で野宿をしたが、夜半に雷が鳴ったり、雷光が光ったりとてもすごかった。夜明けにやっと前の椿山に帰りつき、遂に郷里に帰ってきたが、行きから帰りまで雨天で着物はぬれ大いに困った。それでもそのおかげでいろいろの植物を見たが、上の黒森では初めてオホナンバンギセルを採って、これを写生してきた。何といっても案内人もつれず、二人ではじめて国境の深山へ分け入ったが、よく道に迷わずにすんだ。

    二、各地での採集

 あくる年の明治十四年、私の二十歳の時、人足を一人つれて土佐幡多郡を広くまわって、植物の採集をした。その間、ほとんど一カ月を費した。土佐の西南端の柏島、沖の島へも行き、また土佐の西の岬と称する足摺岬(蹉[#挿絵]の岬)へも行った。途中行く行く植物を採集したからその種類も多かったが、これが非常に私の植物知識をふやすに役立った。何といっても植物は採集するほど、いろいろな種類を覚えるので植物の分類をやる人々は、ぜひとも各地を歩きまわらねばウソである。家にたてこもっている人ではとてもこの学問はできっこない。日に照らされ、風に吹かれ、雨に濡れそんな苦業を積んで初めていろいろの植物を覚えるのである。
 私が植物採集に出かける時、その採集品を始末するために、道具をたずさえて行った。吸水紙は無論のこと、押板、圧搾用の鉄の螺旋器また無論大形の採集胴乱根掘り器などいろいろな必要器を持って行った。
 三河の国、高師ガ原を採集した時などは昼間は野天で一日採集して、胴乱一杯につめ、その晩、豊橋の宿屋でその採集品を始末するのについに…

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