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日本探偵小説界寸評
にほんたんていしょうせつかいすんぴょう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「国枝史郎探偵小説全集 全一巻」 作品社
2005(平成17)年9月15日
初出「読売新聞」1925(大正14)年8月31日
入力者門田裕志
校正者高橋征義
公開 / 更新2018-04-08 / 2018-03-26
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より



 二十八歳で博士号を得た、不木小酒井光次氏は、素晴らしい秀才といわざるを得ない。その専門は法医学、犯罪物の研究あるは将に当然というべきであろう。最近同氏は探偵小説の創作方面にも野心を抱き、続々新作を発表している。犯罪物の研究は、今や本邦第一流類と真似手のない点からも、珍重すべきものではあるが、その創作に至っては、遺憾乍ら未成品である。「二人の犯人」「通夜の人々」これらの作を読んでみても、先ず感じられる欠点は、先を急いで余悠がなく、描写から来る詩味に乏しく、謎を解く鍵には間違いはなくとも、その解き方に奇想天外がなく、矢張り学者の余技たることをともすれば思わせることである。但し市井の新聞記事から、巧に材料を選び出して、作の基調にするという、そういう際物的やり方には評者は大いに賛成する。豊富な資力、有り余る語学力、立派な邸宅、美しい夫人、よいものずくめの氏ではあるが、ひとつの病弱という悪いものがあって、氏を不幸に導こうとしている。併し病弱であればこそ、そうやって筆も執られるので、そうでなかったら勅任教授か何かで、大学あたりの教壇で干涸らびて了うに相違ない。文壇擦の毫も無い、謙遜温雅な態度の中に、一脈鬱々たる覇気があって、人をして容易に狎れしめないのは、長袖者流でないからである。
「二銭銅貨」を提げて、探偵小説創作界へ、突如として姿を現わしたのが、他ならぬ江戸川乱歩氏である。トリックを二重に使った所が、この作の最も面白い点で、それに過大に引っかかったのが小酒井不木氏だから更に面白い。その結果最上級の讃辞なるものが、小酒井氏によって呈供され、忽ち乱歩氏は斯界に於ける第一人者に押し上されて了った。また多幸なりというべきである。この意味に於て「二銭銅貨」は、処女作であると共に出世作であり、通用価値は二銭でも、どうしてどうして粗末にはならない。千金ぐらいに当ろうもしれぬ。よろしく財布の底の方へ大切に仕舞って置く必要がある。「心理試験」も有名ではあるが、既にポワロの作があり、それに本来心理試験なるものが、犯人捜索の手段として、指紋ほどには必要性が無く、探偵小説の材料にするには、多少力弱い難がある。それにもかかわらずその心理試験を、無雑作に肯定してかかった所に、この創作の不用意さがある。心理の推移解剖が、常識圏内から出られなかったのも、この作の欠点の一つであろう。また「D坂の殺人事件」に於て、変態性欲者を二人まで出して、紛糾した事件を片付けたのは、よく云えば利口であり悪く云えば狡猾である。アブノーマルの人間を、探偵小説の舞台へ出したら、どんな怪奇でもどんな不思議でも、きわめて楽々と作ることが出来る、その代り作の感銘が稀薄になるの嫌いがある。聞けば同氏は職業を捨て、探偵小説の創作に、専心努力する決心だという。「探偵小説趣味の会」も、氏の事業の一つだそうな。情味豊な其文章、行…

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