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女の話・花の話
おんなのはなし・はなのはなし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「青眉抄・青眉抄拾遺」 講談社
1976(昭和51)年11月10日
初出「大毎美術 第十三巻第五号」1934(昭和9)年5月
入力者川山隆
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2008-08-08 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     ○

 責任のある画債を少しずつ果していっておりますが、なかなか埓があきません。それに五月一日からの京都市主催の綜合展の出品画――長いこと帝展をやすんでおりますから、その埋め合せと申すのでもありませんが、今度は何か描いてみようと思い立ちまして、二尺八寸幅の横物に、明治十二、三年から四、五年どこの、女風俗を画いております。
 あの頃のことは、私も幼な心に薄々と覚えておりまして、思い出してみても物なつかしいような気がいたします。
 図は、二十七、八から三十くらいの中嫁御が――眉を剃ったあとの、薄青い、ほん色白の京の嫁御の半身像でして、日傘をもった一人立ちのものです。

 私の母は、よく髪を結いに出かけたり、また女髪結がうちにまいったり致しました。私は幼い頃から髪を結うことがほんに好きなものでしたから、よく傍にちんと坐って髪結う手元に見入っていたものでした。あの頃は今時と違いまして、女の髪形もいろいろとありましたし、またその身分とか年頃とかで、さまざまの髪形がありました。娘、内儀、花嫁、中嫁御、女中、おんば、みなそれぞれの髪があったものでした。中嫁御が眉を剃って、そのあとの青岱が、うっすら青く見えて、ぬけるように色が白いなど、とても魅力があったように思います。
 女中の髪でも、その丈長の工合など、ゆかしいものでした。この丈長でも、京と大阪では少し違っておりましたし、帯だって形が違っておったようです。京の女中のは、黒繻子の帯をキチンと斜かいに立てに結んだものが、大阪は両端を少しだらりと下げておったように覚えております。
 手がらなどでも、若い人だけがかけたものではなくて、年とった人でもかけておりました。鼠色の手がらなどあって、そういうものがいろいろとありました。私の記憶にあるものでも、様々変った女風俗があります。

 帝展に限らず展覧会の女風俗画は、ほとんど今風のものが多かったのですから、私の描くようなものは流行不流行は別として、また幾分か物なつかしさがあるだろうと思いまして、思いついて青岱の嫁御寮をかいてみたわけでした。

     ○

 新しいものが流行で、だんだん旧いことが廃れてゆきます。これは絵のことばかりではありません、何も彼も旧いものは廃れてゆく時代なのですから、なおさら心して旧いものを保存したい気にもなります。これは何も、時代に反抗する心というような、そんな烈しい気持ではなくて、自分を守るという気持からです。

 今申した女風俗などでも、新しい人たちは旧いことを顧みようとはしないでしょうし、また顧みも出来ますまい。やはり旧いことは私たちが守るより外はないと思います。しかし新しい人たちだからといって、まるで旧いことには頓着しないというわけでもございますまいが、何しろ、御当人たちは、その境涯を経て来ておられるのではありませんから、それを描こうに…

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