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謡曲仕舞など
ようきょくしまいなど
作品ID47313
副題――文展に出品する仕舞図について――
――ぶんてんにしゅっぴんするしまいずについて――
著者上村 松園
文字遣い新字新仮名
底本 「青眉抄・青眉抄拾遺」 講談社
1976(昭和51)年11月10日
初出「大毎美術 第十五巻第九号」1936(昭和11)年9月
入力者川山隆
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2008-09-04 / 2014-09-21
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     ○

 伊勢の白子浜に鼓が浦という漁村があって、去年からそこに一軒の家を借りまして、夏じゅうだけ避暑といってもよし、海気に親しむといってもよし、家族づれで出かけていって、新鮮な空気と、清涼な海水に触れてくることにしています。

 ことしも松篁夫婦に子供づれで出かけましたが、この漁村にも近年ぼつぼつ避暑客が押しかけてきて賑やかになるにつれて、洋風の家なども眼につくようになりましたが、今、私どもの借りている家は、むしろ茶がかりのやや広い隠居所といった風の家でして、うしろには浅い汐入りの川が流れてい、前には砂原を隔ててすぐ海に面しているところです。

 うしろの川には小魚が沢山泳いでいて、子どもたちは毎日そこで、雑魚掬いや、蟹つりに懸命になっているのですが、水はごく浅くて、入ってみてもやっと膝っこぞうまでくらいのものですから、幼い子供たちにも、ごく安全なのです。

 松篁は方々写生をしてあるいていました。かなりノートも豊富になったらしい様子で、当人は満足しているらしいのです。

 日中でも、そう暑苦しいと感じたことがないのですから京都や大阪あたりからみると非常に涼しいに違いありません、この点は十分恵まれた土地です。もっとも僻村なのですから格別に美味しいものとか、贅沢なものとては一つもありませんが、普通一と通りの魚類は売りに来ますし、ここの海でとれとれの新鮮なものも気安く得られますので、その日その日のことには、決して不自由などは感じません。しかし美味しいものが食べたくなれば、ちょいちょい京都へ帰ってくることです。私どもも時々京都へ帰っては、また出かけました。

     ○

 鼓が浦には地蔵さんが祀ってあります。伝説によりますと、この地蔵尊は昔ここの海中から上がったとのことで、堂に祀ってあるそうですが、私はとうとういって見ませんでした。

 このことは謡曲の中にもありますが、むかし、なんでもこの漁村の岸に打ちよせる波の音が、鼓の音のようにきこえたので、それで鼓が浦という名がついたのだということをきいています。

 こんな伝説などは、むろん事実としては何の根拠もないことなのでしょうけれど、しかし、その土地に史話だとか、伝説などが絡んでいるということは、なんとなく物ゆかしくて、いいものです。

 私はことに謡曲が好きなものですから、この鼓が浦にこうした伝説のあるということを、何よりも嬉しいと思っているのです。

     ○

 去年の春の帝展には、あの不出品騒ぎで、私も制作半ばで筆を擱いてしまっていますが、すでに四分通りは出来ているのですから、今度の文展にはぜひこれを完成して出品したいと思っています。図は文金高髷の現代風のお嬢さんが、長い袖の衣裳で仕舞をしているところを描写したものです。私の考えでは、その仕舞というものの、しっとりと落ちついた態勢を十分に出…

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