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楠公夫人
なんこうふじん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「青眉抄・青眉抄拾遺」 講談社
1976(昭和51)年11月10日
入力者川山隆
校正者鈴木厚司
公開 / 更新2008-06-03 / 2014-09-21
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 自分の思う絵を、私は機運がくると、たちまちそれの鬼となって、火の如き熱情を注いで――これまでにずいぶんと数多くの制作をして来た。
 展覧会に発表したそれら大作の数だけでも一百枚にのぼるであろう。
 描きたい絵はまだまだ沢山ある。展覧会に出品する画材は、前もって発表するということは興を削ぐので、それだけは私の胸中にそれを制作する機運の来るまで発表は出来ないけれど、いまここで語っていいものに楠公夫人の像がある。

 三年ほど前に神戸湊川神社の宮司が私の宅に見えて、
「楠公夫人の像を描いて奉納してもらいたい」
 と言われた。
 これには訳のあることで、実は――と宮司の語られるところによれば、
「湊川神社に社宝ともなるべき新しい絵がないので、そのことを横山大観先生に話したところ、大観先生は、それでは自分は楠公の絵をかいて奉納しよう、と仰言って、すぐ制作にかかられ、先年立派な絵が完成し社への奉納式もすんだのであるが」
 楠公の絵がある以上夫人の像も是非おきたいものである――との声が上って来たので、それで御無理を申しに来た次第である、とことの次第を話されたので、私は楠公夫人の偉大なる人格に敬服しているところでもあり、一は彩管報国の念やみ難いものを抱いていた矢先だったので、即座に承諾したのであった。私は昭和十六年四月十七日の湊川神社の大祭に神戸へ赴き神前にその旨を御報告お誓い申しあげて来た。
 ところが、困ったことに、楠公夫人の面影をつたえる参考のものは残っていないということであった。
 どこへ問い合わしても楠公夫人の肖像は残っていないとの返事に私は、
「これは並大抵の仕事ではないぞ」
 と、心ひそかに思ったことであった。

 楠公夫人久子は、河内国甘南備の郷字矢佐利の住人、南江備前守正忠の末の妹で、幼い時に父母に訣れ、兄正忠夫妻の教育を享けて成人した淑徳高い女性である。
 それで南江備前守の肖像でも――と探してみたがこれも入手出来ず、
「久子夫人という方は、一体どのような顔立ちの方であったろう?」
 そんなことを案じているうちに、一年はすんでしまった。
 湊川神社には、すでに横山大観先生の楠公が納まっているのである。
 私は一日も早く夫人の像を納めたいとあせるのであるが、楠公夫人のお顔がどうしても想像出来ないのであった。

 ところが去年の春、以前私のお弟子さんであった女流の画人で、河内生まれの方がひょっこり訪ねて来て、談たまたま楠公夫人の話が出た折り、そのお弟子さんは、
「楠公夫人は、代表的な河内型のお顔であったという言いつたえが残っています」
 と教えてくれた。

 一体どういう顔立ちが河内型なのか私には一向見当がつかなかった。
「今でもたまには、その河内型の女性が残っているそうですから、発見したらおしらせします」
 そう言って私のお弟子さんは帰って行ったが、しば…

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