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肉食之説
にくじきのせつ
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「福澤諭吉全集 第20卷」 岩波書店
1963(昭和38)年6月5日
入力者田中哲郎
校正者小林繁雄
公開 / 更新2011-06-07 / 2014-09-16
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 天地の間に生るゝ動物は肉食のものと肉を喰はざるものとあり。獅子、虎、犬、猫の如きは肉類を以て食物と爲し、牛、馬、羊の如きは五穀草木を喰ふ。皆其天然の性なり。人は萬物の靈にして五穀草木鳥魚獸肉盡く皆喰はざるものなし。此亦人の天性なれば、若し此性に戻り肉類のみを喰ひ或は五穀草木のみを喰ふときは必ず身心虚弱に陷り、不意の病に罹て斃るゝ歟、又は短命ならざるも生て甲斐なき病身にて、生涯の樂なかるべし。古來我日本國は農業をつとめ、人の常食五穀を用ひ肉類を喰ふこと稀にして、人身の榮養一方に偏り自から病弱の者多ければ、今より大に牧牛羊の法を開き、其肉を用ひ其乳汁を飮み滋養の缺を補ふべき筈なれども、數千百年の久しき、一國の風俗を成し、肉食を穢たるものゝ如く云ひなし、妄に之を嫌ふ者多し。畢竟人の天性を知らず人身の窮理を辨へざる無學文盲の空論なり。抑も其肉食を嫌ふは豚牛の大なるを殺すに忍びざる乎。牛と鯨と何れか大なる。鯨を捕て其肉を喰へば人これを怪まず。抑も生物を殺すときの有樣を見て無殘なりと思ふ故乎。生た鰻の背を割き泥龜の首を切落すも亦痛々しからずや。或は牛肉牛乳を穢きものといはん乎。牛羊の食物は五穀草木を喰ひ水を飮むのみ。其肉の清潔なること論を俟ず。よく事物の始末を詮索すれば世の食物に穢き物こそ多からん。日本橋の蒲鉾は溺死人を喰ひし鱶の肉にて製したるなり。黒鯛の潮汁旨しと雖ども、大船の艫に附て人の糞を喰ひし魚なり。春の青菜香しと雖ども、一昨日かけし小便は深く其葉に浸込たらん。或は牛肉牛乳に臭氣あるといはん乎。松魚の鹽辛くさからざるにあらず、くさやの干物最も甚し。先祖傳來の糠味噌樽へ螂蛆と一處にかきまぜたる茄子大根の新漬は如何。皆是人の耳目鼻口に慣るゝと慣れざるとに由て然るのみ。慣れたる物を善といひ、慣れざる物を惡しといふ。自分勝手の手前味噌だに嘗る其口へ、肉の「ソップ」が通らぬとは、あまり不通の論ならずや。或は又肉食の利害損失を問はず、只管我國の風にてこれを用ひずとの説なきにあらざれども、今我國民肉食を缺て不養生を爲し、其生力を落す者少なからず。即ち一國の損亡なり。既に其損を知り亦これを補ふ術あらば、何ぞ其術を施さゞるの理あらん。一軒の家にして、病人の多きは我家風なりとて醫藥を用ひざる者あらば、これを知者といふべき乎。我會社既に牧牛馬の法を設け、近來は專ら牛乳の用法を世に弘めんとして種々にこれを製し、乾酪(洋名チーズ)乳油(洋名バタ)懷中乳の粉(洋名ミルクパヲダル)懷中薄乳の粉(洋名コンデンスド・ミルク)等あり。抑[#挿絵]牛乳の功能は牛肉よりも尚更に大なり。熱病勞症等、其外都て身體虚弱なる者には缺くべからざるの妙品、假令何等の良藥あるも牛乳を以て根氣を養はざれば良藥も功を成さず。實に萬病の一藥と稱するも可なり。啻に病に用るのみならず、西洋諸國にては平日の食料に牛乳を飮むは…

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