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遺書の一部より
いしょのいちぶより
作品ID47402
著者伊藤 野枝
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 伊藤野枝全集 第一巻 創作」 學藝書林
2000(平成12)年3月15日
初出「青鞜 第四巻第九号」1914(大正3)年10月1日
入力者門田裕志
校正者Juki
公開 / 更新2013-06-22 / 2016-06-22
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 もう二ヶ月待てばあなたは帰つて来る。もう会えるのだと思つても私はその二ヶ月をどうしても待てない。私の力で及ぶ事ならばすぐにも呼びよせたい。行つて会ひたい。けれども、もう廿二年の間、私は何一つとして私の思つた通りになつたことは一つもない。私の短かい二十三年の生涯に一度として期待が満足に果たされたことはない。それは本当にふしぎな程です。私は何時だつてだから諦めてばかりゐます。またあきらめなければなりませんのです。あなたに会ふことも出来ません。私は本当に弱いのです。私は反抗と云ふことを全で知りません。私のすべては唯屈従です。人は私をおとなしいとほめてくれます。やさしいとほめます。私がどんなに苦しんでゐるかも知らないでね。私はそれを聞くといやな気持です。ですけど不思議にも私はます/\をとなしく成らざるを得ません。やさしくならずにはゐられません。私は自分のぐずな事を悲しみながらます/\ぐずになつて行きます。私は悲しいそして無駄な努力ばかしを続けて来ました。私は敵に生命をくれと云はれてもすなほにさし出すやうな人間に生れてゐるのです。私はまだ廿三年の間にたゞの一度だつて不平をこぼしたことはありません。まだ人に荒い言葉を返した事はありません。私は教へてゐる子供たちを叱らうとすると自分の方が先きに泣き出します。私は小さい妹や弟たちからでさへも馬鹿にされて叱られます。それでも私はその弟たちにたゞ一言の口答へさへ出来ません。皆他人は私をほめてくれます。親しさを見せてくれます。けれども私は何時でも自分のふがひない矛盾を悲しむことで一ぱいになつてしみ/″\人と親しくなることが出来ません。私は怒ると云ふことが出来ません。現在私がかうして今死なうとしてゐてさへ誰も憎らしい人はないのです。私は生きてゐることに堪へ得られない自分に対してさへその意気地なしに対してさへ腹を立てることが出来ません。私はたゞめそ/\悲しむだけです。私は自分自身を制御する丈の力さへ与へられてゐません。私は長く生存すべき体ぢやないのです。当然与へられねばならない人間としての自由の何一つとして私は持つてはゐません。たつた一つ、それはたゞ神様がこの弱い私にたつた一つの自由を与へて下さいました。私はそのたつた一つの自由を生れてはじめてのまた最後の自由として、それを握ります。けれどその自由さへ実は今まで時期を許して下さいませんでした。私の長い間願つた時期は近づいたやうです。それにつけてもたゞあなたに申あげたいのはあなたはそんなことは決してないことは知つてゐますが自分に負けないで下さいと云ふことです。私は前にも申あげる通りに、自分が何時でも負けてはその度びに一皮づゝ自分の上に被せて行きました。此度こそはこの被ひを一思ひにと思ひますがその度びに反対にかぶつて行きました。今はもうまつたく私の周囲は身うごきをする程の余地も残つてはゐ…

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